人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

2017年10月のお奨め本

2017年10月に読んだ本の中でお奨めのものを紹介します。

・デイヴィッド・ヒューム:哲学から歴史へ(ニコラス・フィリップソン)

ヒュームの伝記的要素を含んだ解説書です。
ヒュームと言えば人間本性論を記した偉大な哲学家というイメージですが、本書では歴史家としてのヒュームを描いています。

ヒュームは国民の政治的な習性、宗教、党派主義といった視点と人間本性論の下地により画期的なイングランド史をあらわしました。
当時の党派的な歴史ではなく人間学的な歴史を目指したのです。
当時の政治や社会は超越した理念や抽象的な議論で対立したり、物事がを決めることができないことをヒュームは嘆いてますが、このような政治状況の原因を辿り、読者に提示して、読者に歴史から学ぶことを望んだのでしょう。
それにしても彼の宗教嫌いは徹底しており、スコットランド教会とも対立していますが、18世紀にはここまで教会を攻撃することができたのかと不思議にも思います。

人間本性論は全く売れなかったそうですが、イングランド史は売れまくってかなり裕福になりました。
またイングランド史は100年ほど売れましたが、19世紀後半に絶版となり近年にようやく再販されたそうです。
少々読みにくいですが、ヒュームの新たな印象を与えてくれた本でした。




・人物で語る物理入門 (米沢 富美子)

古代からの重要な物理学者を取り上げてその人物の業績とエピソードで物理学の歴史をたどります。

レベルとしては高校生ぐらいなので読むのは難しくありません。
こういう本は画期的な業績を成し遂げた学者がどのような人だったのかというエピソードが面白いです。
アインシュタインのような一般人が想像する天才もいますが、真面目な常識人の天才のほうが多いのは当たり前の話です。
私達はどうしてもといっちゃってる天才を期待するものです。

自分の業績を不当に評価されたり、他人に横取りされたりした学者、女性として男性社会の偏見の中で実績を上げた学者、人間嫌いの学者、あらゆる人に好かれた学者、当たり前ですが、天才たちにもそれぞれの個性と人生があるのだなあと少し身近に感じられます。

高校生や物理学の歴史を楽しく復習したい人におすすめです。




・ザ・カルテル (ドン・ウィンズロウ)

前作「犬の力」でメキシコの麻薬王アダン・バレーラを捕らえた麻薬取締局のアート・ケラーはバレーラの脱獄を知ります。
メキシコの麻薬戦争が激化して多くの犠牲者が出る中で、再びケラーとバレーラの戦いが始まります。

前作に続いてスケールの大きなハードボイルドです。
本書ではケラーとバレーラの役どころが少し薄くなっており、バレーラが復帰したことによる麻薬商たちの新たな勢力争いが主眼となっています。
また前作で死んだバレーラの弟ラウルのような他の登場人物に際立った個性が欲しいかなと思います。
前作よりはパワーダウンしているような印象でしたが、やはり面白く読み始めると止まらないです。
そしてケラーとバレーラの長い戦いにも決着がつきます。

50年以上続く麻薬戦争は描いた本書を読んでいると本当に救いがないように思えてしまいます。
そして当たり前の話ですが、結局はアメリカで麻薬を買う人間がいるからこの戦争は終わらないのです。



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[ 2017/11/05 20:01 ] 今月のお奨め本 | TB(-) | CM(2)

どんどん社会に興味がなくなっていく

先週は旅行に出かけていましてブログを休みました。
今後旅行にちょくちょく出かけるつもりでブログが休みの週は旅行に出かけているということです。

私は社会ネタをよくブログのネタにしています。
けれど私はほとんど社会のことには興味がありません。
ネタが思いつかないときに書きやすいネタに逃げているだけです。
書いていることは本心ですが、強く何らかの感情を抱いているわけではないです。
私が興味があるのは現在の金融緩和や財政政策の帰結、科学技術の発展がどこまで社会生活を変えるかぐらいです。
格差の問題、原発、憲法改正、現在の社会主義的な政策、政府による賃上げ要求や働き方などの国民生活への干渉、様々な利権に関わる問題など、ほとんど興味がありません。

理由の一つは社会というのは結局個人の情動的なものの集合を反映しているだけのように思えるし、議論がそれほど発展的でないし質が低く知的な刺激を受けないからです。
研究者の研究でさえ、情動に流れているような議論や、根拠が薄弱な議論が見受けられます。
社会学全般に言えますが、根拠や論理を大事にした議論より評論のようなものが多いのではないでしょうか。
国難突破とか口に出したら赤面しそうなことについてどれだけの人が興味を持てるのでしょうか。

次には私が年を取ってきたせいか、自分が逃げ切れるという意識が出てきており、また次世代への責任感が薄れているということです。
そのためか社会なんてどうでもよくなってきており、自分には関係ないものになりつつあります。
私は政治でも経済でも日本は悪い方向に進んでいるのではないかと思います。
しかし、私自身は人生の半ばをこえたのでこれから少々社会状況が悪くなっても仕方がないと思うようになっています。
また子供がいないためか次世代に引き継ぐ社会に興味を持たなくなっています。
政治や経済が悪い方向に向かっているとは思えど、世界経済は当分成長しますし、イノベーションも進んでいくと思っているので総合的には社会は今後も少しずつ良くなっていくとは思っているのですが。

そして一番の理由は何よりも今の生活が楽しくて他のことはどうでもいいと思っていることです。
自分の人生がうまくいっていないときは社会への興味が強かったと思います。
特に20代の頃は社会の非合理や不正などに怒りを普通の若者並みには持っていたと思います。
うまくいかないということは社会にも何かしらの原因があると考えるのではないでしょうか。
たとえそれが自分のうまくいかないことと関係がなくても、そういう非合理な社会の存在そのものが自分の状況を癒してくれるたり、理由付けたりしてくれるように感じます。

けれど今の私は自分の人生にほとんど不満がなく、毎日が楽しいです。
社会のことや他人のことには興味を向ける時間が勿体ないと考えています。
世の中には学問の楽しみ、物語の楽しみ、美味しいものを食べる楽しみ、自然や街の中に身を置く楽しみと楽しいことばかりです。
社会にどれだけ問題があろうと現代の日本社会はポジティブなところが圧倒的に多いと感じられます。

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[ 2017/10/29 16:33 ] 雑感 | TB(-) | CM(6)
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