人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

リキシャ

インドを旅行するとき、街中の移動にはリキシャをよく使います。
リキシャには手で引っ張るタイプ、自転車タイプ、三輪自動車タイプがあります。
私は自転車タイプでゆっくりと街中を見ながら移動するのが好きでした。

インドはタクシーやリキシャを利用すると大抵は喧嘩になります。
目的地に連れて行かずにマージンがもらえるホテルや土産物屋に連れていくことは日常茶飯事です。
深夜に貧民街へと連れていかれて、ここから脱出したかったら30ドルよこせと言われて支払った大学生もいました。
喧嘩しながらもようやく目的地に着いてもお前のために遠回りしたのだからと約束した値段以上を要求します。
勝手に別のホテルなどに連れて行ったのにもかかわらずです。
そこでまた喧嘩になって相手が折れても次はいきなり10ルピーじゃない10ドルだとか言い出します。

特にデリーの空港から市内への移動でタクシーを使うとほぼぼったくりにあいます。
私もものは試しと空港からタクシーを使ってみました。
すると今日はフェスティバルだからお前の行きたい地域は閉鎖されていると古典的なウソから始まり、インドは危ないからぼったく旅行代理店へ行こうと誘ってきます。
そこから色んなぼったくり旅行代理店を連れまわされるわ、わけのわからんおっさんに殴られるわで大変でした。
おっさんが殴ってくるというのは旅行者をビビらせてぼったくりツアーを契約させるためのストーリーの一部です。
最後はさすがに疲れてきたのでもう自分で行くわといい、金を払わずにそいつとは別れました。
たまたま地下鉄を見つけたのでそこからはスムーズに目的地に着きましたが、もちろん目的地とは遠く離れたところでした。
さらに地下鉄の駅へ行こうとしたら今日は休みだよと何人の人にも言われましたが、インドでは他にチケット売り場など休みだといってぼったくり旅行代理店に連れ込もうとする人が大勢います。

さて私がよく利用していたリキシャですが、本当に大変な仕事です。
駅に着くとたくさんのライバルと競って旅行者をゲットしようと殺到してきます。
旅行者は料金を交渉して、顔つきや話し方らから信頼できそうかを判断して決めます。
顔つきや話し方から判断するのは感ですが、結構これが当たります。
やはり人間の性格は顔などに出るもので、悪質な詐欺師たちの顔つきは大抵卑しいものです。

料金は私が訪れたときで1キロで20円弱ぐらいだったと思います。
しかもリキシャは競争が激しく客をとれる数はしれています。
インドの夏の暑い中汗だくになりながら必死にこいでも1キロたった20円です。
私も一度こがせてもらったことがありますが、かなりきついです。
もちろん提携先のホテルや土産物屋に連れて行きマージンも稼ごうとしますが、自転車タイプのリキシャはそれほどしつこくなかったように思います。

彼らは一度旅行者を捕まえると次の都市に移動するまでは独占しようとします。
旅行者側も一度利用すると安心して同じ人に頼むことが多いでしょう。
しかしこの独占というのも大変です。
目的地に連れていき客が帰ってくるのをずっと待っているのです。
いつ帰ってくるかもわからず、人がごった返しているところでずっと見逃さないように待たなければならないのです。
私はろくにインド人の顔の見分けがつきませんでしたが、彼らが遠くからアジア人の見分けがつくのか不思議でした。
それでも一度たりとも私を見逃したリキシャマンはいませんでした。
遠出をして6時間後ぐらいに戻ってきたときでさえいました。
その間は当然収入はないはずです。
また朝起きてホテルを出たときも必ず玄関の前にいて、今日はどこへ行くんだと聞いてきました。

観光地でよくあるのがリキシャがバイトを持ちかけてくることです
リキシャで土産物屋に連れて行くと10ルピーぐらいのマージンがもらえるので、5ルピーをやるから土産物屋に行ってくれというものです。
もちろん何も買う必要はありません。
私もやってみましたが、買う気もないのに土産物屋に行って店員の攻撃をかわしてたった10円しか稼げないのはきついです。
でも1時間で20円ぐらい稼げれば定食屋で夕飯が食べられるので、日本の800円のアルバイトと同じぐらいの価値です。

リキシャは大抵オーナーからリキシャを借りて1日10時間ぐらい働くそうです。
レンタル料が15ルピーぐらいで平均的な稼ぎが120ルピーぐらいなので1日の稼ぎは200円弱ぐらいだそうです。
インドと言えどぎりぎりの生活です。
リキシャとは喧嘩ばかりの毎日でしたが、親切な人に出会うと少しでも利用するようにしました。
ただつり銭ぐらいは用意して欲しいです。
毎回バナナなどを買ってつり銭を作るのが面倒でした。

日本にもあるような観光客向けではなく日常の交通でリキシャが使われている国はインドやその周辺国ぐらいではないかと思います。
リキシャは日本語が由来で明治時代にはアジアに多く輸出されました。
人力のリキシャはインドでも減りつつあるようですが、旅行者の勝手な願いとしてはリキシャ文化は残ってほしいなと思います。

riki1.jpg


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[ 2014/05/10 14:51 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(2)

バックパッカーの歴史と旅行記

日本でバックパッカーが現れるのは海外旅行が解禁された1964年以降のことです。
もちろんそれ以前でも個人で海外を旅行する人はたくさんいました。
江戸初期には父の菩提を弔うためにアンコールワットを訪れて落書きを残したことで有名な森本右近太夫がいます。
戦国から江戸初期にかけては多くの日本人が東南アジアを訪れていますが、現在のバックパッカーのような人が沢山いたことでしょう。

私が特に印象深いのは明治時代の河口慧海です。
禅宗の僧侶で漢語ではなく原典に近いとされるチベットの仏教書を入手するために、当時鎖国政策を取っていたチベットに潜入した人物です。
インドからネパール、チベットのカイラス山を回ってラサに到達、日本人であることがばれて逃げ帰ってくる5年間の大旅行を成し遂げています。
ヒマラヤを越えた初めての日本人としても有名です。
その旅行は「チベット旅行記」として出版されているのですが、英訳されてむしろ海外でのほうが評価が高いようです。
読み始めたらはらはらどきどきで止まらないこと請け合いです。

チベット旅行記




1964年に海外旅行が自由化されたと言っても海外旅行は非常にお金がかかったので国内バックパッカーが多かったようです。
この頃の数少ない個人旅行記で有名なのは小田実の「何でも見てやろう」です。
旅行自由化前の1961年出版でアメリカ留学の帰りに世界各地を旅をして日本に帰ってくるまでの旅行記です。
タイトル通りポジティブで、各地を体当たりで体験してやろうというまさに高度成長期に入るころの夢を持つことができた若者の一人旅です。

何でも見てやろう




ほどなくして全共闘世代が現れます。
ベトナム戦争や高度成長、資本主義の矛盾に疑念を持ち始める世代で、アメリカでもヒッピー文化の影響でバックパッカーが盛んになります。
そのような中で1972年出版されたのが藤原信也の「印度放浪」です。
このころからまだ見ぬ海外への憧れというものではなくなっています。
どちらかというと海外に行くことによって自分を見つめるような旅に変化してきます。

内容も異文化と出会う刺激的な毎日というのではなく、淡々と自分と周りの情景を描いています。
イケイケで突き進んだ時代から少し立ち止まって考えなおし始めた時代の始まりを予感させる本と言えるでしょう。
それまでとは違うスタイルの旅行記を切り開いたといえます。

印度放浪




そして1986年に出版されたのがカリスマ的な人気を博した沢木耕太郎の「深夜特急」です。
実際の旅行時期は1970年代であり、全共闘最後の世代の旅行記と言えるでしょう。
藤原信也よりも自分探しや旅の意味を問うというような雰囲気が強くあります。
全共闘の挫折から自分探しが必要であった時代ですが、まだ自分の個人的な悩みと世界がつながっていた時代です。
また同時に意味のないことへの楽しみ、あこがれもあり私がイメージするようなバックパッカーをこの本は表現しています。
というよりはこの本によって私のバックパッカー像が形作られたと言うべきでしょうか。

ユーラシア横断のほぼすべてを記述していてバックパッカーの旅行記としてよくまとまっており、旅の技術的なものも盛り込まれ、様々ものにも出会うというバックパッカーの旅、あるいはバックパッカーによる旅行記のお手本のようです。

またバックパッカーがメディアに消費されるのもこの頃からで、のちの「深夜特急」の映像化、猿岩石へと繋がっていくことになります。

深夜特急




高度成長期も終わり、1986年に出版されたのが蔵前仁一の「ゴーゴー・インド」です。
イラストレーターの著者がインド、ネパールを1年旅したときの面白話をイラストを交えて書いています。

それまでバックパッカーの旅は冒険であったり、自分探しであったりしたのが、ちょっと海外へ出かけて面白体験をしてくるという程度のものになりました。
海外旅行が非日常的な体験であったのが、日常的な体験とあまり変わらなくなります。
全共闘という戦いや自分探しの日々は終わったのです。
そしてガイドブックの出版や各国の旅行インフラの整備、航空券の低価格化でバックパッカーも非常に身近で手軽なものになりました。

旅なんて特別なものではなく、ちょっとお金と時間を作って楽しんでくる程度のものであり、難しく考えないで楽しんで旅行することを示した象徴的な旅行記であると言えます。

新ゴーゴー・インド




1990年代に入るとさらにバックパッカーが手軽になり、大学生でも気軽な冒険旅行をするようになります。
完全に大衆化したといってよいでしょう。
バブルがはじけて旅の等身大化がますます進みます。
この頃になるともうあまり時代を代表するような旅行記はなくそれ以前の旅行記とあまり変わりませんが下川裕治の「12万円で世界を歩く」や小林紀晴「アジアン・ジャパニーズ」が支持を受けます。

12万円で世界を歩く



ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ




これまで挙げた人たちはバックパッカーに大きな影響を与えてきました。
しかしこれ以降はそのような本は出現していないように思えます。

おそらくバックパッカーが珍しくもなくなり、旅のスタイルや目的が多様化したからだと思います。
個性的なバックパッカーが旅行記をブログに書くようになり人気の旅行ブログからも多数出版されるようになりました。
バックパッカーが日常の現象になり大上段で語るほどのものでなくなったとき、旅のモデルも必要なくなったのでしょう。

新時代のバックパッカーの旅行記はバックパッカーに影響を与えるようなもの見当たりませんが、面白い旅行記はもちろんあります。

一つ挙げるとすればさくら剛の「インドなんて二度と行くかボケ!!」です。
ニートが彼女に振られ、インドに行くという話しで、バックパッカーといっても1ヶ月程度の旅行です。

帰国後にブログに書いた旅行記が評判を呼んで出版にまでいたり、かなり売れてアフリカや中国、南米編と続編も出版されています。

とにかく抱腹絶倒です。
上に上げた大御所たちの正しいバックパッカーからは別世界になっているようです。
自分探しもしないし、旅の意味も問わない。
ニートな自分にひきつけて面白おかしくブログの文体を駆使して、突っ込み満載でオチもしっかり用意します。
もしかすると外国人や異文化なんてものも自分の中に深く入ってくるものではなく、単なるネタになったのかもしれません。
この本はバックパッカーの新たな時代に入った象徴と言えるのではないでしょうか。

私が学生のころと比べてもバックパッカーのあり方がかなり変わりました。
以前は一度旅に出ると日本の情報なんて全くないし、日本から完全に切り離されたところに身を置いていました。
今ではどこでもネットが利用でき、最近でWIFIも利用できる国が多いです。
毎日ネットで日本のサイトを読んだり、スカイプで電話したり、現地の情報を調べるのが旅の日常となりました。
またアジアであれば日本料理などの日本文化がどこにも入り込んでおり、もう異国への冒険心をくすぐられる人は少ないと思います。

インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも




最後にバックパッカーではないですが、2000年前後から外こもりのような長期滞在者も多く出現します。
以前から長期滞在者は存在していましたが、明確に外こもりを目的とする人が増えてきました。
物価の差を利用して日本で数か月バイトしてバンコクに1年ほどいるというサイクルで外こもりをするのが典型です。
日本に生きづらさを感じたり、海外のゆるさにはまるというのは冒険心や自分探しとはそれまでのバックパッカーとはまた違ったあり方です。
外こもり本として一番影響を与えたのは以前にも紹介しましたが、やはり安田誠の「外こもりのすすめ」でしょう。

外こもりのススメ―海外のほほん生活



旅行記には人それぞれの旅行スタイルがあらわれます。
時代や著者の個性によって全く異なった旅のあり方があり、それらを比べてながら読むと非常に興味深いです。

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[ 2014/03/08 16:32 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(8)
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