人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

偽装なんてなかった

前回の続きを少し。

偽装は非常に現代的で面白い現象です。
通常偽装は経済的価値を偽ることによって利益を得る行為です。
バナメイエビを芝エビを偽って料理を提供するとき原価はバナメイエビ、売価は芝エビで売ることにより利益を得ます。
ヴィトンのバッグの偽物も安い原材料から作ったものを本物と偽って売ることにより利益を得ます。

しかしこれはあくまで経済的価値の観点からの話です。
使用価値から考えるとどうでしょうか。
バナメイエビを芝エビと信じて食べたときそれは芝エビを食べたことにはならないでしょうか。
モノとその名前は思っているほどは強固な結びつきを持っていません。
現代社会ではそれらはとっくに分離しており名前のほうが重要性を持つのです。
なのでエビを食べたときにそれがバナメイエビか芝エビかを判断する能力がない人は名づけられたものをそのまま受け入れるしかないのです。
そのエビが芝エビだといわれたとき、バナメイエビという物理的存在と芝エビという名前を結びつける関係性の世界にいるのです。
命名自体は食べるという行為には本来ならば何の影響を及ぼすことはありません。
美味しいか、美味しくないかを判断して、自分が払った金額に見合うと思うかどうかだけのことです。

モノを食べたり、使ったりするという使用価値とそのモノのイメージを消費するということは別のことなのです。
バナメイエビを芝エビと偽って出された料理を食べた人はやはり芝エビを食べたのです。
後から実はそれはバナメイエビだったと言われたときに初めてバナメイエビを食べたのだというもう一つの出来事が作られるのです。
過去に芝エビを食べたという意味が現在においてそれはバナメイエビだったという意味の操作が行われるだけで、両者の出来事は両立しています。
当然のことながら料理を食した事実そのものには何ら影響はありません。
芝エビでないと知ったとき、食べた時点まで遡って味が変わることはありません。
あくまで意味の操作だけの問題です。

そうは言ってもやはり芝エビと偽られたバナメイエビを食べたのだというかもしれません。
たとえその人がエビの種類の区別ができなかったとしても物理的にはバナメイエビなのですから。
ではバナメイエビと区別できる人が生産者から調理者まで全員がいなかったとしたらどうでしょうか。
バナメイエビの和名が芝エビと信じていた人がいるらしいので有り得ないことではありません。
そして死ぬまでバナメイエビを食べたことに気づかないときはやはり芝エビを食べたことになるのです。
歴史や記憶は言説でしかないのですから。
芝エビを食べたという言説はイメージの操作でしかないのですから。
イメージには物理的根拠など必要ないのです。

確かにバナメイエビと芝エビは物理的に違うものだという証明ができるでしょう。
ではヴィトンのバッグはどうでしょうか。
ヴィトンのバッグを製作している職人が勝手に全く同じバッグを作ったとします。
しかしヴィトンから販売されないとそれは偽物です。
物理的には完全に等価であるので使用価値も全く等価であるはずです。
しかしそれはヴィトンではありません。
ヴィトンというイメージ、バッグの背景にあるストーリーはヴィトンが販売することで完成するものだからです。

現代社会はモノの背景にあるイメージを消費するようになっているのです。
そこに使用価値が入り込むことは難しいのです。
もしかすると私はバナメイエビと芝エビの味の区別がつくというかもしれません。
その場合は使用価値により消費しようとしているのです。
そんな人でもダイヤモンドや絵画の種類を区別できたり、あるいは数学の難しい方程式の証明が正しいかどうかはおそらく判断できないでしょう。
現代の社会で様々なモノが産出されるようになりさらには誰もがアクセス可能となったとき、使用価値よりもむしろイメージが消費されるようになったのです。

今回は食品が偽装であることを暴かれました。
しかしながらそこでは味そのものの存在は無視されています。
なぜなら味は変わらないからです。
単に芝エビからバナメイエビへと意味の転換が起きただけです。
これは果たして偽装なのでしょうか。
イメージを消費するときには実体に意味はありませんし、逆に実体がイメージを存立基盤とします。
換金性のあるもので実際に換金しようとしたときにはじめて偽装という現象が現れてくるのです。
やはり偽装はなかったのです。
あったのは芝エビを使った料理というイメージの消費です。
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[ 2013/11/16 09:33 ] 社会 | TB(0) | CM(4)
要するに、問題は偽装ではなく、
「ばれた」ということでしょう。

ダマすなら死ぬまでだましてくれなきゃね。
[ 2013/11/16 09:46 ] [ 編集 ]
まったくおっしゃるとおりです
イメージ消費はレストランで既に満足感を持って消費済み
後から実は粉飾でしたという望まない事実が出てきて
そのことに憤慨しているってところなんですかね

とてもよい記事だと思いました ありがとうございました
[ 2013/11/16 10:28 ] [ 編集 ]
清掃業界でもイメージを求める顧客や元請けからエコ洗剤とか植物性洗剤を指定されますが、汚れは全く落ちませんのでだまって化学洗剤を使います。
この訳のわからないイメージが非常に仕事の邪魔です。
[ 2013/11/16 19:57 ] [ 編集 ]
>ファンさん

死ぬまで騙されていることも結構ありそうですよね。
騙されていることを知る前に死ねると幸せなのかもしれません。

>消費しないピノキオさん

料理の質そのものには文句を言っていないんですよね。
満足度や値段は本来料理の質と関係するものなんですが、イメージのほうが重要性をやっぱり持っているのかなと。

>yamyasさん

確かにそういうのはありそうですね。
天然の何とか、マイナスイオン、コラーゲン、何だかイメージばかりのものはたくさんありますね。
[ 2013/11/16 21:58 ] [ 編集 ]
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