人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

最近レストランなどでの食品やメニューの偽装に関するニュースが続いています。
隠しておくよりは多数の会社に紛れることができるうちにカミングアウトしておくのが得策と考えているのでしょう。
牛肉偽装のとき以来の大騒動ですが、今回はブランドを大切にするはずのホテルや百貨店での偽装であることが大きな違いです。

嘘をつく意図はいろいろとあります。
言い訳、見栄、社交辞令、詐欺などがあるでしょうか。

しかし私が面白いと思うのは嘘をつく側と嘘をつかれる側との嘘についての認識です。
通常は相手を騙そうとして嘘をつきますが、相手も嘘だと認識することを前提につく嘘もあります。
ある種のもたれあいであったり、落としどころの結果嘘をつくことが多いです。
しかし嘘であることを公表したとたんにそれまでの暗黙の了解はなかったことになり、謝罪する側と非難する側の分断が起こってしまうわけです。
もちろん謝罪と非難もある種の芝居になることも多いです。
芝居すること自体が目的であることがあるからです。
安定した社会での権力と反権力の馴れ合いはよくあることです。

外国産牛肉を国産と偽ったり、魚沼産でないのにコシヒカリを魚沼産と偽る場合は消費者も嘘であることを認識しており、そのことを店も前提としていることが多いでしょう。
しかしホテルや百貨店の場合はブランドで売っており、さらには値段も本物と同じであることが多いでしょうから消費者をだましているケースが多いでしょう。

小泉政権のときに100年安心とうたわれた年金改革がありました。
これは嘘というとニュアンスが異なりますが、有り得ないような前提で作った計画で嘘といってもいいものでした。
実際どれだけの人が信じたのか疑問です。
それでも何となく嘘であることを皆が知りつつも受け入れてきたわけです。
一部の学者などは嘘だといい続けていますが、そんなことは国民もわかっています。
だからこそ年金の減額や支給年齢の引き上げを前提として生活を設計しているのです。

原発の安全神話もそうです。
100%安全なんて有り得なくてリスクのコントロールをどうするかしかありません。
しかしながら反対派、あるいは原発がある地域の住民などは不可能とわかっていながら100%安全だという言葉を欲します。
そうすると原発推進側は100%安全というしかなくなり、大抵の人も一応はその言葉を受け入れます。
このような不合理な言葉がまかり通るのは不思議なことですが、誰も真実だとは思っておらず一種の社会儀式のように望ましい言葉を表に出しておくのです。
まるで言霊のようです。

しかし嘘はいつかは暴かれます。
そして大抵の場合は嘘に縛られて適切な処理を行ってこなかったことのツケを背負わされることになります。
嘘をついた側を嘘をつかれた側は非難することになりますが、嘘を嘘と知りながら受け入れた側にも責任はあるわけです。
さらには嘘を素直に信じていた人も出てきます。
このようなちょっと困ったちゃんは大きな勢力であり、なんでこの程度のことを信じるやつがいるんだと嘘をついた側は驚くことになります。


さて現在日銀は2年以内にインフレ率が2%になるという見通しを変えていません。
ですが多くのエコノミストは2%のインフレ率の達成は極めて難しいという意見です。
では日銀は本当に2%になることを信じているのでしょうか。
そんなことはないでしょう。
どれだけ経済現象が複雑であってもある程度の予測をすることは可能でその論理的な筋道というものがあります。
それにも拘わらず2%は達成できると自分でも信じていないだろうことを堂々と述べています。

何故でしょうか。
現在のところ気合がきいていて経済指標が良いですが、実態としてはそれほど需要が伸びていません。
せいぜい株高による資産効果や復興需要などでの人手不足がみられる程度です。
そうするとインフレ率についても思い込みで何とかするしかありません。
日銀が2年以内に2%を達成できる宣言をし、社会も一応それを信じたふりをすることによって期待インフレ率を高めようとするのです。
逆に日銀が嘘をつかなかったらそれに合わせて期待インフレ率も下がる可能性があります。
気合という根拠のないものを持続させるためには嘘をつかざるを得ないのです。
しかし力をともわない限りは嘘をつき続けることはできません。
政治的な事柄であれば権力により事実を隠ぺいし続けることが可能なこともありますが、経済に関してはそれは難しいです。
限界まで来ている金融緩和では経済に対して力を持ちえないでしょう。
そうするといつか社会は信じたふりが難しくなり本当は嘘だということを意識し始めてしまいます。
何らかのきっかけで嘘は前面に出てきます。
その時にはルールが変わり新しい世界が現れることになるのです。
さてここまで来てしまった金融緩和策はどのようになるのでしょうか。
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[ 2013/11/09 21:11 ] 社会 | TB(0) | CM(5)
かつての戦争は紛争の解決手段であったとともに
最大の公共投資、経済政策とも言えたかも
しれません。
もうそのカードは切れない。

現代文明も結構来るところまで来た感もあります。
もがきながらも新しいルールを探そうとしてますが
それは何処に?
[ 2013/11/10 10:26 ] [ 編集 ]
嘘でも最後まで信じさせてくれたらいいんですけどね。死ぬまでにばれない長いスパンの嘘ならたくさんありそうです。
[ 2013/11/10 10:59 ] [ 編集 ]
>ymさん

戦争や革命のような有無を言わせないルール変更やリセットは現代の先進国ではちょっとありえないですからね。

次にどんな時代が来るかが楽しみなので私は長生きしたいです。

>成為さん

いつかは必ずばれる嘘でも数年ぐらいは大丈夫な場合に永遠と勘違いしてしまいがちですね。
そうやって最初は慎重であったはずがバブルは膨らんでいくんですよね。
[ 2013/11/10 21:45 ] [ 編集 ]
金融緩和策
イエレンさんが量的緩和継続を高らかに宣言して
買い安心感が広がったと解説されている金融市場

米国が対外的に抱えている借金を
今後返済されると考えている日本政府関係者は皆無で
踏み倒されるとわかっていながら
米国を支援しています、互いに認識しているウソです
[ 2013/11/16 14:16 ] [ 編集 ]
>消費しないピノキオさん

いつも思うのですが、そろそろ個人も国も借金と投資の基本に戻ってほしいです。
投資はリスクに見合うリターンが必要だし、借金は支払う利息以上のリターンが見込める場合にするべきですね。
国の場合はそれだけでは済まないのは理解できますが。
[ 2013/11/16 22:23 ] [ 編集 ]
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