人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

自由の代償

私は何かの考え方や行動を押し付けられることを極端に嫌います。
高校受験ぐらいからは全て自分で人生の選択をしてきました。
うまく行かなかったことも多いですが、それは自分の責任なので後悔も文句もありません。

選択する自由とは国や家族に与えられたものが多いと思います。

イスラエルや韓国のような徴兵制のある国に生まれなくて本当に良かったと思っています。
個人的には徴兵制があったほうが社会や個人にとっていいのではと思っていますが、自分が徴兵に取られるのは絶対に嫌です。
戦前の日本のように天皇を頂点とした国や言論の自由がない国、貧しい国では個人の自由はかなり制限されているでしょう。

大学は国立でしたが下宿させてもらいましたし、高校は私学で親にそれなりの費用を負担してもらっています。
また新卒では大企業に入ったのにそれ以降は転職を繰り返したのも、いざとなったら親に頼ればいいという甘えがあったとも思います。
親に平均以上の財力があるということはそれだけ子供に高い教育の機会や子供が失敗したときのやり直しの機会が与えられているということです。

もちろん自分で選び取った自由もあります。
関西の濃密な人間関係を嫌って関東に来たこと。
日常生活を家族に干渉されることは無理なので結婚しないこと。
干渉の多い大企業を辞めて外資やベンチャーで働いてきたこと。
アーリーリタイアをしようとしているのは会社など社会から干渉を少なくするためです。

これまで自由な生活を謳歌してきたしそれなりに楽しかったとは思っています。
それでも最近はそんなに自由な生活が楽しいのかとも思っています。
人生をかけるぐらいの仕事や趣味があれば、それらに当てるための時間と財力があればあるほど楽しい人生だと思います。
しかしそんな仕事や趣味は私にはありませんし見つかりませんでした。

弟と妹は結婚して子供も2人、3人といます。
家事や仕事を一生懸命せざるを得ないし、お小遣いもかなり少ないようです。
私は家では静かに一人で過ごしていたいし、月に15万ぐらいは小遣いが欲しいので、あくせく日常に追われる彼らの人生のどこが楽しいのかと思います。
子供の成長を見ることは楽しいのだろうと思いますが。
それでも二人ともぶつぶつ文句を言いながらも幸せそうに見えます。
家族を持つということは責務を持ち自由を縛られますが、その責務が幸せをもたらすのでしょうか。
天皇を頂点とした国家であっても、そこに役割を見出すことができれば幸せなのでしょう。

商売をしている家に生まれた友人は小さいときから家を継ぐことが決まっていました。
大学も実家の商売に関連のある学部に進み、現在は社長として頑張っています。
生まれたときから人生が決まっている彼をかわいそうだなと思っていましたが、彼を見ていると何らかの役割を引き継ぐことに幸せを見出しているように思えます。

自由などなく役割や責任があることは人生を充実させてくれるのかもしれません。
役割を果たすと言うことは社会や家族から求められ価値があるということなのですから。
自由に何かをするということは他者から価値を認められるというよりは、自分で価値を見出す必要があります。

社会が発展すればするほど個人の自由は大きくなります。
人権なんてものが発明されて、経済的に豊かになればなるほど自由な個が社会に放り出されます。
そこに耐えられない人たちが絆を求め、ナショナリズムを求めたりするのでしょう。

今まで自由気ままに生きてきましたが、リタイアが現実味を帯びてきてさらなる自由を手に入れたらどうしようかと最近考えてしまいます。
リタイア後も結局はバイトやボランティアなどあまり時間を取られない責務を求めるかもしれません。
家族を持つとか再びバリバリ一線で働くという選択肢は代償が大きすぎるのでありません。

私が求めるのは8割の自由と2割の不自由なのでしょう。
自由の代償は大きいのかもしれませんが、やはり私は自由をとります。

リタイアブログを読んでいると9割の自由を求めている人が多いように思えます。
だからこそリタイアをしたり、目指したりするのでしょうね。
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[ 2012/09/09 12:00 ] 人生 | TB(-) | CM(0)
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