人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

人生は日々の積み重ねだといまさら思う

40歳を超えるとその人の歩んできた人生がはっきりとあらわれるなと最近よく思います。
学生時代の同級生でまじめに努力を積み重ねるタイプの人間は少々賢いような人より充実した人生を送っていることが多いようです。
1年の努力では変わらなくても20年の努力となると努力しない人との差は相当なものになります。

私の昔の会社で同期にそれ程優秀ではないが前向きに努力するタイプの人間がいたのですが、彼は今や同期の出世頭になっています。
一方で一番優秀とされていた同期は言い訳をしたり人に責任を転嫁するようなタイプでプライドと出世意欲はありましたが出世レースに遅れています。
仕事はチームでするものなので周りの信頼を日々得ていくことが出世に重要なのでしょう。
私がこれまでに会った信頼できる上司も他人に責任転嫁しない人たちでした。

人生は日々の積み重ねと言いますが、良い意味でも悪い意味でも言えると思います。
何らかの目標に向かって努力を積み重ねる人は努力した分のものを得ていくでしょう。
しかし努力を怠り、他人に責任転嫁し続けると人生で得られるものなどあるはずがありません。

知性や知識は日々の積み重ねで特に大きな差が出ます。
ネットの断片的であやふやな知識で人格が出来上がっている人はネット右翼だけではないでしょう。
それどころか大半の人は知識の蓄積がないまま週刊紙よりひどいレベルのニュースやブログをそのまま消化しているようです。
知識の蓄積がないと情報の妥当性を評価することができません。
本を読んで体系的に学んできた人とネットで情報を正しく消化することができずに知識を蓄積してきた人では数年で大きな差がでます。
ネットで拾った知識で話をされると面倒なのでスルーするようにしていますが、実際はこのような人たちが多数で政治や社会を動かしているのだと思います。
紙媒体だけの頃から情報の受け手は変わらないのでしょうが、拡散による影響が格段に上がったので社会的な影響力も上がっています。
日本死ねとかいう単に腹立ちを発散しただけのブログが政策に影響を与えたのは私には驚きでしたし、あの程度のことで政治が簡単に影響を受けていいのかと疑問に思いました。
(日本死ねというのは日本語として自然なのだろうかというほうが私は気になっているのですが)

共産主義的な人であれば日々悪を糾弾し続けています。
これを数年繰り返すと正しい自分が悪人を叩き潰すことが人生の意義と信じ込んでしまうでしょう。
そこにはより良い社会を目指すという考えはすでになくなっています。
右翼的な人であれば中国や韓国に罵詈雑言を浴びせたり日本の誇りを訴え続けます。
これが繰り返されると他国の陰謀論を簡単に信じ込んだり、もっと行けば人種間の優劣を当然と思うようになるかもしれません。
どちらにしても社会を単純化して善悪、敵味方に分けてしまいそのような日々を過ごしていると他の知識や現実は認識すらできなくなります。
ある日目覚めるというタイプも多いので転向少なくないのでしょうが精神構造は変わりません。

アーリーリタイアも日々の蓄積の上に達成されるものです。
20年ほどを社会的には少数派の生き方をして節約や資産運用に励みます。
そうすると自分は少数派という考えが前面に現れてくる人が増えます。
少数派というのは見方を考えれば特別な存在ということでそこから社畜だの、子供は負債だのと馬鹿にするような人も出てくるかもしれません。
あるいは日々節約に励んでいる人間は良かれ悪しかれお金へのこだわりが強い人間になります。
アーリーリタイア派には怒られそうな考え方ですが、私はお金にあざとい人間にはなりたくありませんし、つまらないプライドも持っていたいほうです。
例えば店でクーポンを出すなんてことは恥ずかしいことだと思っています。
女性と食事をするときには必ず多めに払いますし、体育会の後輩であればいまだに全額おごりです。

人生を振り返って私自身は努力が足りなかったなあと最近少し後悔するようなってきました。
これまでは人生に大方満足でしたが、もっと努力をすべきだったのではないかと思うようになっています。
これまでで得た人生の満足度は努力した分を超えるものではなかったです。
特に大学受験を真面目にやっておけばと思っています。
10代の頭が柔軟な時期に目いっぱい勉強しておかないのはもったいなかったです。
もっといい大学を目指す努力もすべきでした。
私の人生で学歴は必要なかったですが、いい大学にはそれだけ刺激を与えてくれる人が多いからです。
研究者の友人と話をすると自分の知らないことを教えてもらえるし、学問を楽しむ姿勢には刺激を受けます。
サラリーマンで刺激を受ける人は多くはいませんでした。

部活ももう少し頑張って上を目指せばよかったと思っています。
仕事も一時期は相当頑張っていたのですが、頑張らない時期との差がありすぎました。
目いっぱい頑張って30代半ばにリタイアすれば良かったかなと思っています。

そして日々の読書ですが、この10年ぐらいで興味のある分野が増えすぎてつまみ食いのようになっています。
ある程度絞り込んで読まないと蓄積はされにくいため知識が深まっている実感があまりありません。
研究者のようにある分野で新しい発見や思想を提示するのではなく、人類が自然や社会、人生をどのように解釈するのかということを知りたいのなら知識を蓄積しつつそれを自分のものへと昇華するのみです。

残り40年ほどの人生ではhulu、ゲーム、ミステリー小説などはできるだけ控えめにして努力を怠らないようにすることが目標です。
そして死ぬ前には自分のレベルではこれぐらいまで来たら十分かなと言えるぐらいには世界を知れればいいなと思っています。
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[ 2016/12/10 14:50 ] 人生 | TB(-) | CM(7)
こんにちは

 ほどほどのところで満足できる人は楽しみながら人生を歩んでいます。処世術か、生来のものかわかりませんが、高望みもせず、淡々としていられる、そんな人になりたいと思っていましたが、私には無理でした。中学校くらいで【生き方】のようなことを教えて欲しかったなと思います。
[ 2016/12/10 18:41 ] [ 編集 ]
今からでも積み重ねられることはありますからね。
死ぬ時に後悔が無ければそれでいいでしょう。
[ 2016/12/10 22:57 ] [ 編集 ]
>マークさん

生き方の多様性は学校で教えておいたほうが良いですよね。
あと人生は短くて楽しんだほうがいいことも。
同時にやっぱり頑張ることがあるほど人生が充実するのだとも思います。

>招き猫の右手さん

40年以上人生が残っているなら何をするにでも遅くはないですね。
リタイアしたことで後悔のない人生は送れそうな感じがします。
[ 2016/12/11 00:41 ] [ 編集 ]
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[ 2016/12/12 23:48 ] [ 編集 ]
コメントありがとうございます!
[ 2016/12/13 00:15 ] [ 編集 ]
y
努力って目的が無いとしないですよね。
心からの目的とか興味がある人は羨ましいです。

[ 2016/12/23 00:58 ] [ 編集 ]
>yさん

目的が変な方向の人の努力は困りものですけどね。
定年を過ぎてもやることないから仕事したいという人が多いのは興味を持つ対象がない人が多いからかもしれませんね。
[ 2016/12/24 01:45 ] [ 編集 ]
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