人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

自分の頭の悪さを把握する

雑誌などの記事を読んでいると書いている本人が自分がどの程度の知識があるかを把握できていないなと感じることがよくあります。
ある事象を論じるときにそれに関する知見がどの程度存在しているかを知らない、あるいは知ろうしない人が多くいます。
そのような人はたまたま見つけた知識をそのまま受け取りそれらの組み合わせで自分の意見を組み立ててしまいます。

例えばデフレ=不況であり、デフレ脱却が大事だという言説を受け取るとそれをそのまま公式のように使ってしまう人は多いです。
デフレ=不況という公式が仮に正しいとしても、その背景には膨大な事象があり気軽にデフレ脱却とは中々言えないはずです。
世の中で流布した言葉というのは使い勝手がいいので使うこと自体は良いとしても、どのように使っているかでその人の知識レベルがあらわれます。

ネット上での言説では単なる思い込みや独立した事象の単純な組み合わせで論じられることが多く見受けられます。
検索で見つけた1ページにも満たない文章で知識を習得してしまうからでしょうか。
何か疑問に思ったことがあれば大学生向けの基本書を読めばある程度のことは分かるのにそこまでしようと思う人はそんなにいないのでしょうか。

私は小学生のころから本好きで平均的な人よりはかなり多くの本を読んできました。
高校生ぐらいからは専門家が書いた本や古典などもかなり読んできたと思います。
しかし残念ながらそれほど賢くなったような気がしません。
逆に自分がどれだけ頭が悪いかを思い知らされたような気がします。

若気の至りで高校生ぐらいまでは平均的な人よりは大分賢いと思っていました。
しかし20年社会人をやってきてどこまで行っても自分の能力は平均レベルだということは十分理解しています。
それでも人よりは自分の頭の悪さをかなり正確に把握できているのではないかなと思っています。

私が好きな学者たちの本を読んで理解できるレベルは人並みであり決して深く理解できているとは思っていません。
しかしある程度読んでいるとその全体像がぼんやりと見えてきます。
その全体像の中で自分が理解できている部分がどこか分かってきます。
様々な分野の基本書を読むことを繰り返しているとますます自分がどれほど頭が悪いのかを知るようになってきました。
例に出すのはおこがましいですが、ソクラテスの無知の知を思いっきり矮小化したようなものでしょうか。

人に伝えられるほどの見識や知識を得るのは難しく能力と努力が必要だと思います。
しかし自分の知識レベルがどの程度であり、どの程度の事象を判断できるのかを理解するのはそれほど能力はいりません。
そしてそれだけで人生はかなり豊かになってくると思うのです。
世の人にはネットや読み捨てられるだけの本だけではなく、時間の経過に耐えうる本をもっと読んでほしいものです。
そして自分がどれだけ頭悪いかに酔う楽しさを知って欲しいです。
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[ 2015/08/22 16:12 ] 雑感 | TB(0) | CM(6)
その通りだと思います。
ただ意識しすぎると何も書けなくなってしまうので、個人ブログのレベルだと書くときは恥を晒すと思って書こうかと思います。
[ 2015/08/22 18:49 ] [ 編集 ]
>さいもんさん

発言に責任を負わなければいけないこと以外についてはメディアでもブログでも好きに書けばいいのではないかなと思います。

ネット社会のアウトプットの手軽な快感だけでなく、インプットの深く染み渡る快感を味わって欲しいとは思いますけどね。
[ 2015/08/22 23:29 ] [ 編集 ]
頭が悪いというのは無知というよりも、自分の無知すら知らないという事なんでしょうね。自分が無知であると認めるのは難しいですし、多少なりとも何かを知っていると思った時点でバカになってるのかもしれないですね。
[ 2015/08/24 23:27 ] [ 編集 ]
>yamyasさん

そうだと思います。

自分が何かを知っていると勘違いしている人はかなり多いと思います。
自分が何を知っていて、何を知らないかを理解している人もそれなりにいると思います。
けれど、知らない何かをどのように探求すればいいかを考えてなにがしかの答えを見つける人は非常に少なく、そのような人が名を残すのでしょうね。
[ 2015/08/25 00:16 ] [ 編集 ]
知識というのは、道具のようなものだと思っています。

自分がこの世でなるべく幸せに過ごすための・・・
家族のぬくもり・仕事のやりがい・健康や自由時間の快適化
それらをうまくまわしていくための最小限の知識とは・・・

本当に人生は、あっという間に過ぎていきます。
知識を得る時間・活用する時間・・・バランスが大事で

一度きりの人生の幸福感を最大化すること
そのために必要な知識を集積・構成するには・・・
そういう考え方で生きています。
[ 2015/08/26 11:00 ] [ 編集 ]
>ssさん

大半の人にとっては知識は道具でしょうしそれで良いのだと思います。

一方で知識そのものを探求する変わり者が少しはいて、そんな人たちが必死で考えたことを深く味わうことに喜びを見出す私のような者も一定程度いるのでしょう。

道具であろうと目的そのものであろうと自分がどの程度のことを知っているかということを常に意識したいものです。
[ 2015/08/26 23:53 ] [ 編集 ]
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