人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

なぜ格差が悪いのか

ピケティがブームになりましたがそろそろ沈静化してきたのでしょうか。
私は東洋経済のピケティの特集は読みましたが本は読んでいません。
5年以内ぐらいには読みたいなと思っています。
つくづく思うのは世の中どんな商売でも乗っかる必要があるということです。
格差というルサンチマンを刺激するようなものは儲かりますし、定期的にややこしくなる中東がクローズアップされると中東研究者の稼ぎ時です。

ピケティを利用して格差だ、格差だと色々と騒いでいる人がいますが、一体彼らは格差のどこが悪いと考えているのでしょうか。
私には今一つよくわかりません。

経済的な格差に絞って言うと大きく3つの視点があるのかなと思います。
1、収入の格差
2、生活の格差
3、階層の固定

1、収入の格差について

日本ではそれほど収入に格差があるとは思いませんが、収入に格差があることを否定しているのでしょうか。
もしそうなら自分が生み出す付加価値より多くのものを得ることを主張することになります。
平社員で大した責任を持っていないが部長級の給料を寄越せというのなら、市場で価値を決める資本主義を否定するということです。
ここを否定してしまうと健全な市場が否定されることになり、社会の公平性も効率性も損なわれます。

そうではなく大企業の正社員や公務員などと非正規の収入格差などを否定しているのでしょうか。
だとするとこれは既得権益の問題です。
規制や独占により市場が歪められているのであって不当に利益を得ているものがいる結果での格差ということです。
これらは自由な市場が実現されていないということなので健全な競争環境を整える必要があるでしょう。

一方で労働収入ではなく、資産収入による格差があります。
現在の株や不動産高のように資産からの収入が大きくなる傾向があると持てる者の持たざる者の収入格差が大きくなります。
これも問題があるようには思えません。
一つは誰かがリスクを取って資金を提供しなければならないのでありそれに応じたリターンがあるのはこれも資本主義の原則だと思うからです。
経済拡大期にはリターンを得やすくそうでないときには損失が出やすいのは当たり前で、現在のように株や不動産に資金が流れているからといってその時だけを見て批判をすることはできないと思います。
もう一つはリスクを取って運用するその原資は自らの労働収入のうち消費に回さなかったお金であることです。
遊ぶ代わりにビジネススキルを上げて収入を上げることと、遊ぶ代わりに投資に回して収入を上げることに違いがあるようには思えません。

2、生活の格差について

金持ちがいる一方で貧しい人が多くいるということを格差としている人もいます。
しかし所得再分配後の格差はそれほど大きいのでしょうか。
年収800万と500万では額面では300万の差がありますが、実所得での差は200万を切るでしょう。
年収の中央値は450万ぐらいだそうですが、300万あれば現在の日本では十分な生活ができてしかも実質的には社会から受け取るほうが多いと思います。

年収が100万程度の貧困層の問題を取り上げて格差の問題だと主張するのかもしれません。
しかしこれは格差というよりは貧困の問題ではないでしょうか。
母子、父子家庭、病気などの場合は他の人と同等に働くことが難しいのは当たり前のことです。
そのような場合は格差問題を持ち出す必要もなく適切な支援をすればよいだけのことです。
格差という言葉を使う必要はありません。

3、階層の固定について

資産家の家に生まれれば何もせずとも贅沢な暮らしができます。
教育レベルの高い家や地域で育てば高収入を得られやすくなります。

収入は本人が産出した付加価値から得ていますが、親の資産や教育環境は自分が生み出すものではありません。
そのような格差は否定されるべきだという主張です。
これは私は全面的に認めています。
これらは市場に参加した結果得られたものではないからです。
自らが付加価値を産出することの対価は市場を通していますが、親の財産は自らは何も生み出していません。
付加価値を産み出したものだけが対価を受けることができるのは資本主義の所有権の原則であるべきです。
それを認めないと経済の効率性を損なうことになります。
よって自分の稼いだ金をどのように使うは自由ですが、それを譲渡する自由は認められるべきではないと私は考えています。
システムとして確立することは不可能でしょうが相続税は100%とすべきと思います。
代わりに収入による累進課税は緩くするべきだと思います。

また家庭や地域による教育格差も問題です。
市場で付加価値を産み出す前の子供なのでそこに格差があってはいけません。
もし格差を許すなら市場に参加する労働力の質が落ち競争が緩くなってしまいます。

これらは階層の固定化を促進し、健全な競争が損なわれること、個人の能力の結果でない不公平性から是正すべきものと思います。


格差の問題を言うとき様々な問題を十把一絡げにしてしまい問題の本質を隠してしまうように思います。
貧困の問題を語るときに、金持ちへの妬みの感情を刺激することでは何の問題の解決にもならないでしょう。
それは結局問題をすり替えるために敵を見つけ出す作業です。
政治家やメディアがそれをしてしまうと問題を解決しようとするのではなく、スケープゴートを見つけ出して解決できない言い訳や自分たちが弱者の味方であることを主張するだけのものになってしまいます。

それにしてもルサンチマンに訴えかける言説ほど下品で反知性的なものはありません。
格差が問題だというならどういう理由で問題であり、どのような解決方法であるべきかぐらいかはきちんと示してほしいものです。
格差それ自体が問題ではないはずです。
格差という言葉は単に同類のものに差があるということだけでありとあらゆるものには格差があります。
格差には不当な利得を得た結果という意味は含まれないはずです。
不当な利得を得ているものがあればそれは格差問題ではありません。
そして不当な利得とは公正な競争が行われずに得た利得です。
関連記事


にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

[ 2015/03/28 15:24 ] 社会 | TB(0) | CM(11)
格差是正の累進課税なども簡単に言えば
富・数・世論・権限といったパワーゲームの産物ですから

ピケティさんは、数・世論あたりを強化しているという構図だと思います。
今後とも、少数のリーダー層や多数の多様化層などによって
人類全体の存続率を高めていくようなシステムに変化はないと理解しています。
[ 2015/03/29 06:14 ] [ 編集 ]
>ssさん

>富・数・世論・権限といったパワーゲームの産物
パワーゲームにもルールや理性の適用がなされるようになってきたのが18世紀から20世紀かなと思います。
しかし21世紀頃から停滞しているように見えてしまいます。

>人類全体の存続率を高めていくようなシステムに変化はない
全体としては存続率というか効率的なシステムにはなっていくのでしょうね。
結局は効率的なシステムが生き残りますから。
[ 2015/03/30 00:26 ] [ 編集 ]

結局は効率的なシステムが生き残りますから。

そこで近い将来、人間を総合的に陵駕するであろう人工知能との関係も興味深いです。

効率性と幸福追求をいかに融合させていくか
そんなプログラムを人間にインストールするならば
それなりの停滞は、必要かもしれませんね。
[ 2015/03/30 06:36 ] [ 編集 ]
自分が努力して収入を上げたり、資産を築いて利回りで生活していくのは何の問題も無いですが、
単に親が金持ちだ、というだけで裕福な暮らしをしている人間は僕も何故か嫌いですw
そのせいか相続税100%というのには賛成するのですが、これも実質不可能なんでしょうね。それをすると富裕層が国外に逃げるでしょうから。
スポーツでもそうですがスタートラインが公平なら面白いんですよ。
最初から不公平な競争だとつまらない。
公平な競争の結果、差が生じたものは、それは努力実力の結果ですから、受け入れるべきです。
くだらないルサンチマンの入る余地のない社会を作りたいですね。
[ 2015/03/30 22:21 ] [ 編集 ]
>ssさん

効率性と幸福追求の関係は難しいですが、私なんかは効率性と幸福な社会は有意な関係があると思っています。
人間の欲望は精神的にも物質的にも際限がないために物質的な豊かさとともに幸福度が下がったという人がいるのだと思います。
本当は精神的にも豊かになったはずなのに。

>招き猫の右手さん

私も競争による格差を認めるのが資本主義である以上は平等な競争にすべきだと思います。
これは公平であるべきだということだけでなく、結局は一番効率的な資源配分が可能になるからです。
さらにはそれが人間のより自由で安定した生活につながると考えます。

皆が平等な条件で競争していると信じることができればルサンチマンなんてなくなると思うのですけどね。
イチローが金持ちであることを格差だと叫ぶ人がいないのはイチローが努力で競争を勝ち抜いたことを皆が認めているからでしょうから。
[ 2015/03/31 00:35 ] [ 編集 ]
一般的には、高度な教育ほど、コストや期間がかかります。
日本では、そこそこ優秀ならば、かなり少ない負担で高度な教育を受けることもできます。
相続税も世界標準的には妥当なレベルだと思います。

限られた資源・血税・親のスネなどをいかに効率的に
教育投資していくかというのも各国の国力を決める要因となるでしょう。

イチローや錦織などを見ても
親にある程度の豊かさや英才教育への熱意があることが分かります。

DNA+努力(環境)で人かつくられるわけですから
特にDNAという点では、生まれた時点でかなりの格差や多様性を内包しています。

アメリカの富裕層とアーミッシュが同程度の幸福感を感じているという調査からみても
富だけでなくもっと総合的に満たされていくことが大切だということが分かります。
[ 2015/03/31 06:16 ] [ 編集 ]
>ssさん

私も日本の教育環境は相当よいと思います。
他国のようにとびぬけた人は少なくてもそこそこ優秀な人は量産できるし、平均的なレベルもそれなりに高いですしね。
平均の高さは効率的な経済活動や統治につながるかと思います。

何度か遺伝子関連の本をお薦め本にあげていますが、DNAにどこまで人の能力や性格の原因と認めるか、環境をどの程度の原因と認めるかなどは面白い分野だと思います。
神の与える予定が人間に自由な選択の余地を与えるのかという問題と同じですね。
自由な選択の範囲が狭められると責任も問えなくなることになり、公平な競争という大前提が崩れてしまうことになりますね。
[ 2015/04/01 00:54 ] [ 編集 ]
山中 一人
>それにしてもルサンチマンに訴えかける言説ほど下品で反知性的なものはありません。

同感です。

富の分布は上に行くほど少数になり底辺ほど多数派になります。
故に、まさにルサンチマンに訴えかける言説が最も効果的に聴衆のハートをつかみます。

政治家・マスコミは、この事を知り尽くしてるが故に声高に格差を叫び続けています。利己的な本心を隠してです。

残念ながら底辺層程こんな見え透いた偽善が見抜けませんので簡単に引っ掛かります。
最後は己にその刃が向かう事は、歴史が証明しているのですが・・・
[ 2015/04/04 00:13 ] [ 編集 ]
>山中一人さん

貧困、母親、子供、絆と情緒的な言葉を繰り返して相手を攻撃することで十分満足するんでしょうね。
私としてはでは具体的にどのようなシステムが問題を解決できるのかを聞きたいのですが。
強欲な金持ちどもからむしりとれぐらいしか出てこないのですよね。
それで問題が解決するなら共産主義が悲惨な結果にならなかったはずなのに。
[ 2015/04/04 17:36 ] [ 編集 ]
>それを譲渡する自由は認められるべきではないと私は考えています。

これも資本主義の真っ向否定でしょ、
あるいは投資の否定とも言えるし。
親が子に投資したらダメ、
親と子が一体となって家業を営んではダメ、
(やっていいのなら、譲渡否定は抜け穴だらけで
市場に無駄な規制が生まれるだけで実質無意味)


別に子供が親が稼いだ金を子
(あるいは譲渡された人)が消費に使った所で
市場全体からみれば
特にデメリットはないわけで、単なる嫉妬以外に
合理的理由が存在しない。

あるいは、
親の資産と子供の能力が反比例する事が
立証できるのであれば、
資産家の息子や娘は必ずバカなのだから、
資産を強制解体してでも
ソレ以外の人間に回したほうが
よりよい投資や消費を行うと主張出来るが、
そんな事はないし。

共産主義の大きな問題は
結局のところ
自分の時間や肉体、精神、頭脳などを含めた資源を
価値の生産ではなく、略奪の為に使う所だけど
譲渡の否定ってコレやん。
[ 2015/04/23 08:39 ] [ 編集 ]
>堅田さん

資本主義の定義を述べられるほどの知識はありませんが、私のイメージではすべてのものは市場を通さなければならないという考えです。
もちろん実際には資本主義のタイプは多様ですがとりあえずということで。

市場を重視している以上市場主義と矛盾するものには否定的です。
そして譲渡は付加価値の生産とそれにつけられる価格という市場の仕組みと矛盾します。
当然の事ながら否定するのは譲渡であり、投資や消費ではありません。
もちろんあいまいな部分はいくらでもあります。
完全に市場に委ねるのは現実的でないのと同じです。
親が子に教育投資をするのは否定しません。
可能なら私はそれすら禁止すべきだと思いますが、現実的にはそのような制度は資本主義の原則を別のところから崩すだろうと思うからです。
親と子が家業を一体となってするのは譲渡とは関係ないので何ら問題はありません。


>別に子供が親が稼いだ金を子あるいは譲渡された人)が消費に使った所で市場全体からみれば特にデメリットはないわけで、単なる嫉妬以外に合理的理由が存在しない。

お金の総体的な使われかたについては需要の偏りが出るとしたらよろしくないでしょうね。
市場のよいところは無数の供給者と無数の需要者をマッチングさせることですから。
また私は市場主義はあくまで手段として考えているため社会厚生の重要性も十分認めてます。

労働の供給面から見ると労働参加による競争とそれに対する報酬の原則および機会均等の原則が揺らぐことは資本主義(市場主義)への土台を揺るがしかねません。

>ソレ以外の人間に回したほうがよりよい投資や消費を行うと主張出来るが、そんな事はないし。

無政府主義でも標榜しない限り最低限の社会の維持費用が必要でこれに回せばよりよい使い方では?
もちろん社会インフラや教育、治安、衛生すべてを市場に任せるのなら別ですが。

>共産主義の大きな問題は結局のところ自分の時間や肉体、精神、頭脳などを含めた資源を価値の生産ではなく、略奪の為に使う所だけど譲渡の否定ってコレやん。

うーん。そうでしょうか?
必ずしもそうとは言えませんし、おっしゃる部分ではそれほど資本主義と変わらないと思いますよ。
共産主義の問題はもっと別のところにあるかと思います。
コルナイ・ヤーノシュなんかを読んで勉強してみてはいかがでしょう。
[ 2015/04/24 00:47 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

ブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

相互リンクとコメントを頂いた方