人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

バックパッカーの歴史と旅行記

日本でバックパッカーが現れるのは海外旅行が解禁された1964年以降のことです。
もちろんそれ以前でも個人で海外を旅行する人はたくさんいました。
江戸初期には父の菩提を弔うためにアンコールワットを訪れて落書きを残したことで有名な森本右近太夫がいます。
戦国から江戸初期にかけては多くの日本人が東南アジアを訪れていますが、現在のバックパッカーのような人が沢山いたことでしょう。

私が特に印象深いのは明治時代の河口慧海です。
禅宗の僧侶で漢語ではなく原典に近いとされるチベットの仏教書を入手するために、当時鎖国政策を取っていたチベットに潜入した人物です。
インドからネパール、チベットのカイラス山を回ってラサに到達、日本人であることがばれて逃げ帰ってくる5年間の大旅行を成し遂げています。
ヒマラヤを越えた初めての日本人としても有名です。
その旅行は「チベット旅行記」として出版されているのですが、英訳されてむしろ海外でのほうが評価が高いようです。
読み始めたらはらはらどきどきで止まらないこと請け合いです。

チベット旅行記




1964年に海外旅行が自由化されたと言っても海外旅行は非常にお金がかかったので国内バックパッカーが多かったようです。
この頃の数少ない個人旅行記で有名なのは小田実の「何でも見てやろう」です。
旅行自由化前の1961年出版でアメリカ留学の帰りに世界各地を旅をして日本に帰ってくるまでの旅行記です。
タイトル通りポジティブで、各地を体当たりで体験してやろうというまさに高度成長期に入るころの夢を持つことができた若者の一人旅です。

何でも見てやろう




ほどなくして全共闘世代が現れます。
ベトナム戦争や高度成長、資本主義の矛盾に疑念を持ち始める世代で、アメリカでもヒッピー文化の影響でバックパッカーが盛んになります。
そのような中で1972年出版されたのが藤原信也の「印度放浪」です。
このころからまだ見ぬ海外への憧れというものではなくなっています。
どちらかというと海外に行くことによって自分を見つめるような旅に変化してきます。

内容も異文化と出会う刺激的な毎日というのではなく、淡々と自分と周りの情景を描いています。
イケイケで突き進んだ時代から少し立ち止まって考えなおし始めた時代の始まりを予感させる本と言えるでしょう。
それまでとは違うスタイルの旅行記を切り開いたといえます。

印度放浪




そして1986年に出版されたのがカリスマ的な人気を博した沢木耕太郎の「深夜特急」です。
実際の旅行時期は1970年代であり、全共闘最後の世代の旅行記と言えるでしょう。
藤原信也よりも自分探しや旅の意味を問うというような雰囲気が強くあります。
全共闘の挫折から自分探しが必要であった時代ですが、まだ自分の個人的な悩みと世界がつながっていた時代です。
また同時に意味のないことへの楽しみ、あこがれもあり私がイメージするようなバックパッカーをこの本は表現しています。
というよりはこの本によって私のバックパッカー像が形作られたと言うべきでしょうか。

ユーラシア横断のほぼすべてを記述していてバックパッカーの旅行記としてよくまとまっており、旅の技術的なものも盛り込まれ、様々ものにも出会うというバックパッカーの旅、あるいはバックパッカーによる旅行記のお手本のようです。

またバックパッカーがメディアに消費されるのもこの頃からで、のちの「深夜特急」の映像化、猿岩石へと繋がっていくことになります。

深夜特急




高度成長期も終わり、1986年に出版されたのが蔵前仁一の「ゴーゴー・インド」です。
イラストレーターの著者がインド、ネパールを1年旅したときの面白話をイラストを交えて書いています。

それまでバックパッカーの旅は冒険であったり、自分探しであったりしたのが、ちょっと海外へ出かけて面白体験をしてくるという程度のものになりました。
海外旅行が非日常的な体験であったのが、日常的な体験とあまり変わらなくなります。
全共闘という戦いや自分探しの日々は終わったのです。
そしてガイドブックの出版や各国の旅行インフラの整備、航空券の低価格化でバックパッカーも非常に身近で手軽なものになりました。

旅なんて特別なものではなく、ちょっとお金と時間を作って楽しんでくる程度のものであり、難しく考えないで楽しんで旅行することを示した象徴的な旅行記であると言えます。

新ゴーゴー・インド




1990年代に入るとさらにバックパッカーが手軽になり、大学生でも気軽な冒険旅行をするようになります。
完全に大衆化したといってよいでしょう。
バブルがはじけて旅の等身大化がますます進みます。
この頃になるともうあまり時代を代表するような旅行記はなくそれ以前の旅行記とあまり変わりませんが下川裕治の「12万円で世界を歩く」や小林紀晴「アジアン・ジャパニーズ」が支持を受けます。

12万円で世界を歩く



ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ




これまで挙げた人たちはバックパッカーに大きな影響を与えてきました。
しかしこれ以降はそのような本は出現していないように思えます。

おそらくバックパッカーが珍しくもなくなり、旅のスタイルや目的が多様化したからだと思います。
個性的なバックパッカーが旅行記をブログに書くようになり人気の旅行ブログからも多数出版されるようになりました。
バックパッカーが日常の現象になり大上段で語るほどのものでなくなったとき、旅のモデルも必要なくなったのでしょう。

新時代のバックパッカーの旅行記はバックパッカーに影響を与えるようなもの見当たりませんが、面白い旅行記はもちろんあります。

一つ挙げるとすればさくら剛の「インドなんて二度と行くかボケ!!」です。
ニートが彼女に振られ、インドに行くという話しで、バックパッカーといっても1ヶ月程度の旅行です。

帰国後にブログに書いた旅行記が評判を呼んで出版にまでいたり、かなり売れてアフリカや中国、南米編と続編も出版されています。

とにかく抱腹絶倒です。
上に上げた大御所たちの正しいバックパッカーからは別世界になっているようです。
自分探しもしないし、旅の意味も問わない。
ニートな自分にひきつけて面白おかしくブログの文体を駆使して、突っ込み満載でオチもしっかり用意します。
もしかすると外国人や異文化なんてものも自分の中に深く入ってくるものではなく、単なるネタになったのかもしれません。
この本はバックパッカーの新たな時代に入った象徴と言えるのではないでしょうか。

私が学生のころと比べてもバックパッカーのあり方がかなり変わりました。
以前は一度旅に出ると日本の情報なんて全くないし、日本から完全に切り離されたところに身を置いていました。
今ではどこでもネットが利用でき、最近でWIFIも利用できる国が多いです。
毎日ネットで日本のサイトを読んだり、スカイプで電話したり、現地の情報を調べるのが旅の日常となりました。
またアジアであれば日本料理などの日本文化がどこにも入り込んでおり、もう異国への冒険心をくすぐられる人は少ないと思います。

インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも




最後にバックパッカーではないですが、2000年前後から外こもりのような長期滞在者も多く出現します。
以前から長期滞在者は存在していましたが、明確に外こもりを目的とする人が増えてきました。
物価の差を利用して日本で数か月バイトしてバンコクに1年ほどいるというサイクルで外こもりをするのが典型です。
日本に生きづらさを感じたり、海外のゆるさにはまるというのは冒険心や自分探しとはそれまでのバックパッカーとはまた違ったあり方です。
外こもり本として一番影響を与えたのは以前にも紹介しましたが、やはり安田誠の「外こもりのすすめ」でしょう。

外こもりのススメ―海外のほほん生活



旅行記には人それぞれの旅行スタイルがあらわれます。
時代や著者の個性によって全く異なった旅のあり方があり、それらを比べてながら読むと非常に興味深いです。
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[ 2014/03/08 16:32 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(8)
私は1985年に1ヶ月ほど北インド・ネパールをバックパックしました。
本人としては冒険気分で意気込んで出かけたのですが、実際はどこへ行っても日本の若者だらけで、拍子抜けしたことを憶えています。
時代はもう「ちょっと海外へ出かけて面白体験をしてくるという程度のもの」だったのでしょう。

次の年はヨーロッパを1ヶ月バックパックしました。
もう冒険気分などすっかりさめていたので、自分の憧れている場所に行こうと思って決めました。
本当は洋行気分で優雅な旅がしたかったのですが、学生なので先立つものがありません。それでも多少の贅沢はしました。

それ以降、バックパックはしていません。
両方ともいい思い出です。
[ 2014/03/08 19:01 ] [ 編集 ]
>なすびさん

1985年の時点ですでに日本人だらけでしたか。
学生だと長期休暇に皆が旅行に出かけるからということもあるかもしれませんね。

どこの国の旅行者が多いかなども社会情勢によってだいぶ変わりますね。
ユダヤ人はいつでも多いし、最近では韓国人や中国人のほうが日本人より多いように思えます。
また日本人でも関西在住が多いかったり、大学によっても多い少ないがあるようです。

私も数か月レベルのバックパッカーはもうしないように思います。
滞在型はするかもしれませんが。
体力と好奇心が有り余っていた日々の思い出です。
[ 2014/03/08 23:51 ] [ 編集 ]
私は現在バンコクで暮らしています。
3-4年前までは日本で期間工をしながらこちらで暮らす「外こもり」
が結構いました。カオサンは日本人が一番多かった時代もありました。

現在目につくのは現地採用で働く日本人、日本で職にあぶれタイで働く。
傍目を気にしなくていい海外出る事に希望を繋ぐ。

日本企業も駐在員を減らしたり待遇を下げたりしたぶん現採にチャンスはあるともいえます。ただタイ人のレベルも上がっているので、
あえて手続きが面倒な日本人を雇うにはそれなりのスペックが必要とされます。
[ 2014/03/09 19:49 ] [ 編集 ]
>けんたろうさん

バンコクに住んでおられるのですか!

やはり日本人の外こもりは減少傾向ですか。
現地採用の日本人は目につくほど増えてきているのですね。

>あえて手続きが面倒な日本人を雇うにはそれなりのスペックが必要とされます。

確かにそうですよね。
経済成長するとタイ人の教育水準も上がっていくだろうし。
一方で現地採用が就職手段として一般的になってくると日本人応募者のレベルも上がっていくのかもしれませんが。
[ 2014/03/09 22:58 ] [ 編集 ]
補足
バックパッカー韓国人は多いです。
何故ならno―visaで3か月滞在できます(タイ人もNO-VISAで韓国3か月OK)、韓国は今PBブームかもしれません。
中国人は少ないです、それはVISA厳しいからです。中国人がNO-VISAで入境できるのはフィリピン位しか知りません。

日本人はリーマン以降、非正規雇用者は外こもりができなくなりました。
代わりに溢れているのがその上のレベルの海外転職志向者です。

バンコクは日本の経済雇用推移を鳥瞰的に捉えることの出来る街です。

[ 2014/03/10 22:48 ] [ 編集 ]
>けんたろうさん

確かにVISAの協定が左右するのでしょうね。
タイでの日本人VISAが一か月にされたのは外こもり対策だという噂を聞いたことがあります。
日本人も3か月にしてほしいです。

>日本人はリーマン以降、非正規雇用者は外こもりができなくなりました。
>代わりに溢れているのがその上のレベルの海外転職志向者です。

厳しい現実ですね。
さらに円安も定着しそうですしね。

>バンコクは日本の経済雇用推移を鳥瞰的に捉えることの出来る街です。

確かにバンコク、あるいは上海、大連といった都市はそのように見ることができますね。
かえって日本にいるよりそういう部分が見えやすいのかも。
[ 2014/03/10 23:34 ] [ 編集 ]
関西、ですか…
関西の場合、かなり古くから外国文化が流入していたことも大きいでしょうね。異文化に対して抵抗がないというか。同じ目線で見られるというか。

バックパッカーという旅のスタイルは、行き当たりばったりの気ままな旅というイメージで語られることが多いですが、人生をかけた巡礼であり闘争であったはず。あの頃の日本人にとっては、経済発展で失われつつあったと考えられていた日本とアジアの共通点を探ることが大きなテーマだったのだと思いいます。
[ 2016/10/04 17:53 ] [ 編集 ]
>ななしさん

全共闘世代以前ぐらいはそういう旅だったのでしょうね。
私の世代ではちょっとした冒険心ぐらいで自分探しとかというのもなかったです。

関西の人は多いのですが、私の印象としては逆に関西は閉鎖的でそこから外部へ旅に出るという印象を持っていました。
東京は旅に出なくても多様性がある程度あるのかもしれません。
[ 2016/10/04 23:32 ] [ 編集 ]
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