人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。
月別アーカイブ  [ 2019年07月 ] 

豊かさの指標

参院選が終わりましたが、れいわ新鮮組とN国が政党要件を満たして交付金を受け取るようになったのは衝撃的でした。
荒唐無稽な論理で社会の問題を解決してしまえるという主張がいとも簡単に支持されるのはやはり社会に不満を持っている人が多いからでしょう。
実際、各種調査では多くの国民は今の生活が苦しいと思い、不当な格差が拡大していると考えているようです。

今の日本社会は全体として豊かなのでしょうか。
あるいは全体としては豊かなのだけれれども、貧しい人が多くを占めているのでしょうか。

国家の豊かさの指標として最初にGDPを思いつきます。
国の豊かさを数値化しようと最初に考えた人はとんでもない人だと思います。
そんなものをどうやって数値化すればよいのか、具体的にどうやって統計情報を集めればよいのかさっぱり分かりません。
研究者たちの努力によってGDPの計算体系の整備が進められて一国の豊かさをはかる指標としてGDPが利用されています。
もしGDPがなければ国の経済が成長しているのかどうかも分かりませんし、それに基づく経済政策や金融政策も遂行できません。
国民経済計算体系の確立に大きな功績のあったリチャード・ストーンがノーベル賞を取ったのも当然のことでしょう。

けれども当たり前のことですがGDPは非常に大雑把なものであくまで一国の経済活動を把握しようとする努力の結果産出された概算でしかありません。
GDP、あるいは一人当たりGDPが成長しているからと言って即座に国が豊かになっているとは一概には言えないでしょう。
例えば無償の家事労働やボランティア、あるいは地下経済もGDPに含まれません。
帰属家賃のような例外はありますが、市場で取引される財やサービスでないとGDPに含まれないからです。
また、GDPは経済活動から見たものであり、治安の良さや様々な制度は経済活動には含まれないけれど豊かな生活という意味では重要な指標も含まれません。

これらのような欠点が多くあっても国の豊かさや経済活動をはかるうえでGDPはそれなりに役目を果たしています。
日本の実質GDPはリーマンショックのようなときに低下することはあってもすう勢としては右肩上がりですし、現在はリーマンショック前を上回っています。
格差の問題はあっても全体としては豊かにはなっているということでしょう。

しかし、近年の経済構造の変化でGDPではとらえられない経済活動が増えてきました。
いわゆるITの進展による無料、低価格のサービスの広がりです。
あるいはメルカリのような取引では仲介サービスがGDPに計算されますが、これが大規模になってくると人が受け取った財として本当に仲介サービスによる付加価値の計算だけでよいのか疑問に思います。
低価格のサービスが広がるとGDPの計算から零れ落ちるのは消費者余剰です。
需要供給曲線の上側が消費者余剰ですが、価格が極端に低下すると均衡点がかなり右下に移動します。
これによって供給量の増加しても価格の低下によってGDPが低く出てしまうのですが、上部の消費者余剰は大きく拡大していることになります。
この問題は現在のIT化が進んだ経済構造では大きな問題ではないでしょうか。

豊かさとは主観的になりがちですし、他人、特に非常に恵まれた他人と比較しがちです。
豊かさを考えるには独身、核家族、大家族、シングルマザー、シングルファザーなど様々なモデルを作成してその生活内容を時系列データとして作成していくようなことが必要なのではないでしょうか。
現在の家計調査のような大雑把な調査より、きちんとモデル化してからその内容の変化に注目することが需要だと思います。
例えば通信は昔は電話加入権が必要でしたし、月々の費用も高かったですが、現在では格安携帯のみという人が広がってきています。
費用の変化とともに難しいですがサービスの内容も検討する必要があります。
昔の固定電話と現在のスマホでは単純に費用だけで比較できるものではありませんから。
教育費だとこれまで右肩上がりでしたが、ネットの格安で効果のある教材が出ていることなどにも着目する必要があります。
金持ちが高価な塾に通わせるのと貧乏な人が低価格でも高品質なネットの教材を利用するのを単純に価格だけで比較できるのかと思います。

これらをモデル化すると政策の対応ができるようになるし、イメージではなく数字で国民示すことができるのではないでしょうか。
国民も具体的に生活の質が上がった部分と下がった部分が分かりますし、政策が上手くいっていない部分を具体的に考えることができるようになるかもしれません。

豊かさには経済的なものから人間関係や自己実現の可能性、承認欲求が満たされる機会など多くのものを含むので捉えきれないものです。
しかし、ミクロの人間活動に着目することによってある程度姿は描き出せるのではないか、そのような研究を誰かしてくれないかと思ってしまいます。
幸福度や人間開発指数などマクロ的なものではどうにも私にはどう理解すればいいのか分からないのです。

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[ 2019/07/23 17:35 ] 社会 | TB(-) | CM(8)

2019年6月のお奨め本

2019年6月に読んだ本の中でお奨めのものを紹介します。

・運命論を哲学する (入不二基義 森岡正博)

入不二基義の運命論を森岡の解説文、入不二と森岡による哲学ラボでの講義、対話、哲学ラボの後の入不二と森岡による考察からなります。

入不二の運命論を森岡は現代日本の哲学の一つの到達点と言います。
因果の連鎖や外部からの視点も持ち込まない、単線的、論理的運命論は世界でも論じられていないのではないかとも述べています。
私には日本と世界の哲学界の状況なんて分かりませんが、入不二の運命論の著作は人生でも衝撃を受けた本の一つです。

絶対的な現実と相対的な現実が絡まりそのせめぎあいで「あるようにあり、なるようになる」ときに、そこに人は存在するのか、自由意志や未来はどうなるのか。言語との関係は?
入不二はこれらのことに言及してはいますが、私にはまだまだ納得感がありません。
入不二ワールドはまだまだ広がっていくのでしょうか。

この本は入不二の「運命論の運命」よりかなり易しくなっているので、前提知識がなくとも読めるのではないかと思います。
偶然と必然とは自由意志はあるのか、運命はあらかじめ決まっているのかなどに興味がある人には読んで欲しい一冊です。




・街並みの美学 (芦原 義信)

街並みの美しさとは何なのでしょうか。
著者は建築と空間を論じることによってどのような街並みが美しく、人と調和しているのかを日本や世界の街並みを例に考えていきます。

日本や世界で美しく感じる街というのものがあります。
ヨーロッパの重厚な石造りの家々や教会が並ぶ街並みは誰しもが美しいと思うのではないでしょうか。
地中海に面する白やブルーの壁の家が海沿いの山に張り付いている街も美しい町として誰もが思い浮かべると思います。
日本であれば町家が並ぶ京都の通りでしょうか。

しかし、何故これらの街並みを美しいと感じるのでしょうか。
著者はこれを建築や空間の視点から解説しています。
例として日本と西欧との家の違いについて考察しているのですが、これが日本と比較して西欧に美しい街並みが多い理由としています。
日本では家と街は境界線で鋭く区別しているので塀などで周りを家を囲います。
一方、西欧では家を外部である街の延長と考えており、境界線がはっきりしておらずそれが全体の都市空間の調和につながっているそうです。

その他にも石造りの家や木造の家の違い、京都やギリシア、イタリア、イランの街並み、コルビュジェの建築が目指したものなどに関する考察など興味深いものばかりです。

少し古いため、若干現在の人々の感覚とは違ってきているのではないかと思うところもありましたが、美しい街、人と調和した街の理論的考察なんて考えたこともなかったのでとても新鮮に読めました。
それほど難しくないエッセイ風の文章なので読みやすいです。




・氷の家 (ミネット ウォルターズ)

田舎の豪邸に女主人とその友人の二人の女性、手伝いの夫婦が住んでいました。
あるとき敷地内の氷室から死体が発見されます。
女主人の夫は以前に失踪しており、その夫ではないかと疑われます。
夫が失踪当時は妻である女主人が殺害したのではないかと疑われていましたが、死体も殺害した証拠も出ていませんでした。

発見された死体は誰なのかということ、失踪した夫はどうなったのかということを主軸に、3人の女性と刑事の人間描写を中心に物語が展開していきます。
物語の展開が面白くちょっとしたどんでん返しがあったり、その都度の中心人物を入れ替えて人物描写していることも物語の面白さにつながっていると思います。

派手さもないし、いわゆる本格推理でもないのですが、人間模様と明かされていく真実に満足感の高い作品です。




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[ 2019/07/09 15:47 ] 今月のお奨め本 | TB(-) | CM(0)
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