人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

早く完全キャッシュレス社会にならないか

最近、財布をカード入れ専用と二つ折り財布に分けました。
カードや電子マネーでの支払いが多くなってきており現金を使うことがかなり少なくなったからです。
なので普段はカード入れのみを持ち、友人と会うときなどは二つ折り財布をかばんに入れることにしています。
普段はカード入れだけで薄くて軽いのでとても楽です。

ここ数年で電子マネーを使える店が多くなり非現金の決済比率が高まっているのではないでしょうか。
また少額決済にカードを使うことに抵抗がある人が多かったと思いますが、電子マネーはそもそも少額決済用というイメージがあるため抵抗なく使えるようになったと思います。
とは言え、外食をするときなど現金しか使えないところも多いので現金を持ち歩くこともまだまだ多いです。
意識的にカードが使える店だけ選択すればカードと電子マネーだけでもやっていけるとは思いますが、店の選択を限られたくはありません。

現金決済比率は日本では60%以上と言われています。
調査時期はずれますが、アメリカでは20%程度、ノルウェーは6%、スウェーデンでは2%だそうです。
北欧ではすでにATMの撤去が始まっており店が現金での支払いを拒否するそうです。
ホームレスも恵んでもらうためにカードリーダーを持っているそうです。
北欧で特に問題が起きているということもなさそうです。

技術的にはキャッシュレス社会は可能なのだからさっさと完全キャッシュレス社会に移行すればいいものをその歩みは遅々たるものです。
キャッシュレス社会には様々な利点があります。
コンビニなどの店の強盗やひったくりが減るでしょう。
会社、特に小売店での現金の管理に関するコストが劇的に減るでしょう。
現金輸送車も必要なくなります。
ATMの設置費用や場所が必要なくなるのも意外と大きいと思います。
レジは現金支払い機能がなくなるのでコスト削減になるでしょうし、機械部分が減ることにより故障も少なくなりそうです。
財布にも小銭入れ部分が必要なくなり札を入れる必要もなくなるのでカード入れだけでよくなり持ち運びが楽になります。

なぜこんなにも日本人は現金が好きなのでしょうか。
治安が良いので現金を持ち歩いても怖くない。
カードは借金だというイメージがある。
金融に対する知識が全般的に低い。
通貨価値が近年ずっと安定している。
などがあるのでしょう。
しかしそれにしても日本の現金決済比率の高さやタンス預金の積み上がり方は突出しています。

しかし現金なんて不便なだけです。
その社会的コストはかなりのものでしょう。
そうであれば政府が音頭を取ってキャッシュレス社会を推進してもいいのではないでしょうか。
単純に現金の支払いにペナルティを付ければいいと思います。
現金だけ消費税を3%追加するなどすれば劇的に変化すると思います。

もちろん懸念すべきこともあります。
第一には政府やカード会社などの決済業者が支払い履歴を全て把握できてしまう怖さがあります。
私自身はあまり懸念していないですし、すでに私の生活のかなりの部分を楽天に把握されています。
またブロックチェーンが進むと分散型の管理となりある程度抵抗できるのではないかと考えています。
ただこういうことはあまり軽く考えないほうがいいというのも理解できます。
第二には金融政策への影響がどうなるか分からないということです。
これは私にもわかりませんが、現在の電子マネーが現金の代わりとなるとするとそれ程変わらないのではないでしょうか。
マイナス金利は現金に対しては適用できませんが電子マネーも同じことが言えるのではないかと思います。

金が通貨として使われるようになり、やがて兌換紙幣が現れ、そしてついに不換紙幣を人類は使うようになりました。
何の価値的な裏付けもなくただ権力が保証しているだけでも人々がそれを信頼している紙切れが通貨となったのです。
これは凄いことです。
今でもたまに信頼を失くしてしまいハイパーインフレとなってしまうこともありますが。
それがとうとう紙という物質でさえなく、単なる0と1の羅列を通貨にしてしまうことになります。
全く何もないところに価値を人は認めることができるのです。
それを互いに価値あると認める限りにおいてその価値は実体を持つのです。
まるで神様のような存在です。
人類はますます面白いことになっていきそうですが、すべてはもっと早く変化してほしいのが私の願いです。
たかだかキャッシュレス社会に移行するのがここまで遅いと私には退屈です。
便利なことはもっと劇的に進歩、変化してほしいものです。

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[ 2017/04/15 15:32 ] 社会 | TB(-) | CM(8)

アーリーリタイア界のオピニオンリーダー

アーリーリタイア界隈でオピニオンリーダー的な存在はいるのでしょうか。
趣味やライフスタイルなどにはそれを象徴するようなリーダー的な存在がいることが多いようです。
しかしアーリーリタイアではそのような人がいないように思えます。
リタイアに関する世間の動向的なものはブログ村のセミリタイアブログからしか得ていないので何とも言えないのですが。

そもそもアーリーリタイアというのは特に語るべきものでもなく、ライフスタイルと呼べるようなものでもないように思います。
単に仕事をしている時間が勿体ないのでさっさと資産形成してリタイアするだけの話です。
フリーターなどとの違いは早めに基盤となる資産を形成したかどうかによる生活の安定度ぐらいだと思います。
たかだかその程度のことに熱く語るネタもないのではないでしょうか。
会社に縛られないで生きるといったことであればリタイアでなくてもいいわけですし。

例えば自分にとって理想のアーリーリタイア像を体現している人っているでしょうか。
早くに資産を形成してリタイアできていて羨ましいというぐらいのものではないでしょうか。
起業家や野球選手のような高度な知識や技術が必要なものではないので当たり前だと思います。

しかしそれでもアーリーリタイアという選択をした人たちに何らかの共通点もあるように思います。
そういう意味で私はアーリーリタイア業界を象徴する人物は寝太郎さんとphaさんだと考えてきました。
考えてみると二人ともアーリーリタイアとは違うと思うのですが。
寝太郎さんはサラリーマンをしたこともないはずですし、phaさんはリタイアを目指していたのではなくサラリーマンが嫌で辞めてもネットがあれば生きていけると考えて仕事を辞めています。
それでもリタイアを目指す人と考え方は似通ったところがあるのでしょう。
アーリーリタイアを目指す人であれば二人を知らない人はいないと思います。

私自身はphaさんのとりあえずだるい、寝ていたい、寝太郎さんの孤独志向(少しニュアンスが違うと思いますが)、ゴロゴロしてたいという感覚に共感を覚えます。
しかし方向性が近いだけであってお二人ほどまで徹底できない普通の人なのが私なのでしょう。
寝太郎さんはコミュニティを広げていくタイプでなく一人で黙々と生きる術を築き上げていくタイプのようです。
phaさんはやはり卓越したプロデュース力のようなもので人とのつながりを紡いでいくタイプのようです。
お二人とも方向性は違いますが、自分の身体で考えて経験し、自分で人生や生活を決定していくところに重きを置いているように思えます。
この自分で責任をもって決めるというところが人生では重要だし、人生を豊かにすると考えているのでしょう。

ということでお二人の本を三冊一気読みしてみました。

・自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (高村 友也 )

小屋暮らしの実際を書いたものです。
自分では挑戦することはないけれど、こういう生活はいいなあと思ってしまいます。
DIYの素人でもネットとホームセンターでこういうことが可能だと知るだけでもうれしくなります。
生きることに必要な様々なモノを他人任せではなく自分で用意するということが生活を豊かにしてくれるのでしょう。
意外に思ったのは早期リタイアという言葉が出てきたということと、「みんながBライフをしたらどうなる?」というありがちな批判にたいしての文章があったことです。
後者については寝太郎さんはそんなことへの反論すら考えないと思っていました。



・ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法(pha)

ニートになるに至った経緯や現状の生活、考え方について述べています。
リタイアを目指す人であれば特に違和感なくそうだよねという感じで読むのではないでしょうか。
こういう生き方を知らない人には面白かもしれないですが、リタイアを目指す人には当たり前すぎて読む必要もないかなと。
著者の処女作ですがニートと著者が名乗ることに違和感を覚える人が多かったのに驚いたのを覚えています。
ニートという言葉が幅広い範囲をカバーしてしまったのだからそこを突っ込むこと理由がよく分かりませんでした。
関係ないですが、ミステリーという言葉があまりにも幅広いジャンルを含めるようになってしまった時に高村薫が自分の小説はミステリーではないと怒っていたことに同様の違和感を感じたことがあります。



・持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない (pha)

働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない、というテーマで章を割いています。
「ニートの歩き方」より新しい生き方の提唱になっていてこちらのほうが面白かったです。
特に「家族を作らない」は新しい共同体の在り方を提示しているのかもしれません。
家族という血縁による共同体だけではなく、出ていくのも自由な互助的な機能を持つ家族に近い共同体と補完しながら社会が形成されていくのは十分あり得ます。
ただこの本も人とのつながりを前提とした生き方を提唱しています。
私のように人とのつながりを求めない人間とはやはり考え方がだいぶ違うなあと思いました。
あと若干社会評論的なところがつまらなく感じました。
そういうことは専門家に任せておいてもっと自分本位の視点で書いて欲しかったです。



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[ 2017/04/08 17:42 ] アーリーリタイア | TB(0) | CM(2)
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