人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

たばこの税金は下げたらどうか

この20年ぐらいで喫煙者のマナーが劇的に改善したと思います。
今では受動喫煙はほとんどなくなりました。
私は非喫煙者なのでたばこの匂いがかなり気になるほうです。
しかしここまで分煙や喫煙者のマナー向上が徹底されるとこれからは喫煙者の権利を尊重すべきであろうと考えています。

私は自由を尊重するので喫煙者がたばこを吸う自由ももちろん尊重します。
自分がたばこを吸わないからといって喫煙者の権利を侵害しようとは思いません。
自分は非喫煙者だから喫煙者から税金を巻き上げろと言う気持ちは全くありません。
自分の懐が痛まないのなら、国民や金持ちからお金を巻き上げればいいじゃんという発想と同じです。
少しでも攻撃できるところがあれば自由を奪ってしまえという非寛容な雰囲気は私には息苦しい社会です。

たばこによる社会的コストが発生する場合はある程度の費用負担を課すのは当たり前のことです。
しかしことあるごとにたばこ税を上げようとするのは弱い者いじめのようでどうかと思います。

受動喫煙防止のためと言いますが現在受動喫煙なんてほとんどないように思います。
歩きたばこをしている人はだいぶ減ったし、喫煙所の側を通るときぐらいではないでしょうか。
5分以上の受動喫煙はほとんどないのになぜ税金を上げる必要があるのか分かりません。

喫煙者数を減らすためというのもありますが、そんなものは本人の自由だと思います。
たかだか10年の寿命が縮まるぐらいは問題ないという人は少なくないでしょう。
人生の最後の10年なんて大したこともできないでしょうし。
ある程度の知識の普及は必要でもたばこ程度の健康被害であれば個人の自由で喫煙すればよいのです。

喫煙者には医療費がかかるという問題もあります。
しかし社会的費用がかかるかといって非寛容になりすぎるのもどうかと思います。
人が生きる以上は様々なことで費用は掛かります。
ただ本当のところは医療コストはそれほど大きなものなのでしょうか。
私の叔父二人はヘビースモーカーで肺がんで70歳で亡くなりました。
70歳以降の医療費、年金、介護費などのもろもろの高齢者のための負担、相続税、それにたばこ税を合わせると亡くなるまでの医療費をはるかに上回っていたと思います。
また当然スナック菓子、ケーキ類、清涼飲料、ファストフード店、居酒屋などにも税金をかけないと公平性に欠けます。
PCやスマホも長時間の利用は体への負担が大きいので通信税も必要です。

私は喫煙者にイラッとすることはほとんどなくなりました。
酔っ払いや歩きスマホにイラッとすることのほうが多くなっています。
もちろん歩きたばこをしている人にはイラッとします。
しかし一部のマナー違反に目くじらを立てて喫煙者はダメだと言うほど非寛容な人間ではないつもりです。

それにしても人は他人を攻撃するのが好きです。
特に反論がしにくい他人を叩くのは楽しくて仕方がないのでしょう。
沖縄で「土人」発言があったそうですが、反論できない相手に全精力を傾けて攻撃するのは気持ちのいいものです。
しかし人間は完ぺきではないですし、そのために寛容はとても大切です。
正しい俺たちが迷惑をかける奴や悪いやつらを叩き潰すという発想は0か1かを求める窮屈で貧困な発想だと思います。

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[ 2016/10/29 12:01 ] どうでもいいこと | TB(-) | CM(10)

私たち以外の人類

私が興味のある分野の一つに古人類学があります。
私たちホモサピエンス以外にもヒト族に属する人類が多く生きて、そして滅んでいきました。
そしてたまたま私たちは生き残って現在地球を支配しています。

類人猿からホモサピエンスに至るまで直線的に進化してきたのではなく、途中でいくつかの系統に分かれていくつかの人類が生まれています。
ホモサピエンスと同時期に生きていた人類もいます。
有名なところではネアンデルタール人やデニソワ人でしょう。
ホモエレクトスも同時期に生きていたと言われます。

別の種の人類が大昔に生きていて、しかもホモサピエンスと同時期に生きていたなんて考えるとワクワクします。
一体どの程度交流があったのか。
お互いに同じ種と認識していたのか、あるいはそれ以上に異なる存在だと考えていたのか。
とにかく証拠が少ない分野なのではっきりしたことが言えないことが多いですが、技術の発展で色々なことが分かってきている分野でもあるので今後が非常に楽しみです。

私たちホモサピエンスが現在の唯一の生き残りなので私たちが優れていたと考えてしまうかもしれません。
私たちは選ばれた存在だと。
しかし実際にはネアンデルタール人などと比較して特別優れた存在であったというわけではなく運の要素が強かったようです。

地球が現在のようにヒトにとって安定した気候になったのはつい最近のことです。
それまでは氷期と間氷期の繰り返しで大規模な気候の変化を繰り返してきました。
短期間に気温や水位が変化して、その都度人類は絶滅したり人口を縮小させてきました。
10万年ほど前で起きたインドネシアでの噴火では火山灰はヨーロッパにまで届き地球を寒冷化させたと言われています。
これらの地球規模の気候変動の中で偶然に生存を促す環境に私たちがいたということです。
それに私たちが生きている期間はまだネアンデルタール人よりもずっと短いのです。
まだまだたいして生きていないのです。
偶然が重なってヒトの歴史から見ると僥倖な一瞬で文明を発展させてきただけのことです。
ただここまで人口と増やし科学技術を発展させた私たちは間氷期が終わろうと火山が大爆発しようと人口を減らしながらも後数百万年ぐらいは生き残るのかもしれません。

近年のDNAの研究では私たちホモサピエンスとネアンデルタール人、デニソワ人は交配があったとされています。
これはものすごいことだと思います。
ネアンデルタール人とホモサピエンスは別種と言えるほどDNAが異なっていますが、別種の人類と交流し交配してきたのです。

さて古人類学の発展によってキリスト教やイスラムはどのように考えるのでしょうか。
私はここが非常に興味深いです。
アメリカでは進化論を知らない人がいまだに4割ぐらいいます。
宗教的なものがありますが、キリスト教では進化論は認めており、ヨーロッパ諸国は進化論が常識です。
アメリカの保守的な宗教層とその社会的影響力が他のキリスト教圏とは異なるのでしょう。
イスラムはポケモン禁止で話題になりましたが、進化論をまだ認めていないと思います。

キリスト教自体は進化論を容認していても、多くの人類が存在していた事実とホモサピエンスと交配もあったということをどのようにキリスト教は解釈するのでしょうか。
滅び去った人類は私たちと同じ人間だと考えるのでしょうか。
しかしDNAや見た目も異なります。
そうすると神様は私たちホモサピエンスを特別としたわけではなく、多くの人類を創造したのでしょうか。
滅んでいった人類も神の意志だったのでしょうか。

もし数万年前のようにホモサピエンスだけでなくネアンデルタール人も生き残っていればどうなったのでしょうか。
体格や脳の大きさはネアンデルタール人のほうが大きかったのでもしかするとネアンデルタール人がホモサピエンスを奴隷として扱っていたのかもしれません。
そして現代のように人権概念が発展すると私たちホモサピエンスも人権を認められネアンデルタール人と共存していたのかもしれません。
交配が可能なのでもしかするとホモサピエンスは人口を減らしていったのかもしれません。
こんな想像を掻き立てられてしまいます。

古人類学では以下がバランスよくまとまっていて読みやすいです。

・そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史(クライブ・フィンレイソン)





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[ 2016/10/22 12:42 ] 雑感 | TB(-) | CM(7)
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