人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

過労死

私は馬車馬のように働いていたときが2回あります。
20代の時に残業時間と休日出勤で平均で200時間ぐらい、最高で300時間の残業をした時期があります。
しかも残業代を付けていいのは35時間までで、300時間の残業のうち265時間を休憩で勤務報告書を出していました。
会社で265時間も休憩って何してんねんと同僚と笑っていました。
今だったら完全にブラックだろうし労基署の調査を受けますね。

2回目は30代半ばごろで休日出勤はしませんでしたが、残業時間は180時間ぐらいでした。
電車で帰れる時間に帰った記憶がほとんどありません。
働き過ぎでハイテンションになり午前2時ごろに終わった日は早く帰れたということで居酒屋や焼肉屋へ行っていました。
この頃の仕事が一番楽しかったです。

過労死が認定される残業時間は80時間以上などと言いますので軽く超えています。
当時は働き過ぎだとは思っていましたが、別に会社が悪いとは思ったことがありません。
もちろん会社が社員の健康を考えるべきと思ったこともありません。
売り上げはそれだけ上げていたので生産性が低いとも思ったこともありません。
馬車馬のように働きたくなければ会社を辞めればいいだけの話だと思っていましたし、実際に自分の時間が欲しくて2つとも辞めています。
また収入も仕事のやりがいも他の会社より満足度はかなり高かったです。

働く時間なんて自分で決めればいいことです。
働き過ぎで過労死してもそんなのは個人の自由です。
タバコで人生を縮めることと変わりません。
「残業100時間で過労死は情けない」と大学教授が言っていたらしいですが、限界の残業時間は人それぞれです。
1日に8時間働けば死んじゃう人もいるかもしれません。
自分の体力や精神力に応じた適正な時間を働けばいいだけのことです。

しかしこのように言えるのは自由に仕事を変えることができる人だけでしょう。
私自身は仕事なんて嫌ならやめればいいと思っていましたし、実際に旅に出たくて仕事をあっさり辞めてきました。
電通やワタミの新入社員が自殺を選択したのはすぐ辞めて転職することの不安や精神的に弱くなって何も考えられなかったということがあるのでしょう。
それなら一部の自由な人だけでなく、平均的な価値観を持つ人、家族を持つ人が自由に転職をしやすい社会にすればいいだけの話だと思います。

ワタミや電通のような会社で自殺が出ても喜ぶのはマスコミや厚生労働省、労働組合だけです。
特に厚労省は国民の生活や会社に介入することで予算を分捕ってくるところです。
働き方改革とか下らない事でも確実に仕事は増えていきます。
労基署の人員だけでもそれなりの人がいるのではないでしょうか。

私は解雇の自由化などで労働の流動性を高めていけば良いだけのことだと思っています。
同じ会社で一生働き続けるのが当たり前だとか、転職が困難だと(思い込んでいる)いう状況では過労死するまで働き続けてしまうのも仕方がありません。
厚生労働省に上から労働の在り方を決めていただくのではなく、労働者が自分の状況に応じて働き方を決めればよいのです。
労働環境が良いかどうかを決めるのは他人ではなく労働者自身のはずです。
そして労働者の働き方に応じられない会社は生き残れないでしょう。

そうなったとしても電通のような会社は残ると思いますし、それであれば問題はないです。
私が会ったことのある電通マンは体育会系でかつ変人が多く、数々の都市伝説を残しているイメージがあります。
そしてそういう世界で働くことを楽しむ人はいます。
同級生で電通に入社した友人に聞いた新人歓迎会はここでは書けないようなすごい世界でした。
その話を聞いただけでも私には絶対無理な世界だと思いました。
今は大分おとなしくなったのでしょうが。

結局労働などの個人の生き方を他人やお上に決めてもらっている状態が問題なのだと思います。
そのためそれぞれの個性を無視した画一的な規制や価値でコントロールしようとして破綻するのです。
問題はこの状態から利益を得ている人たちがいることです。
バターや介護、保育などの他の政策と同様に自分たちで問題を作り出して、それをさらに自分たちが解決してやるというパターンです。

そろそろ自分のことは自分で決める社会になってほしいものです。
いい大人が自分で決められず、うまく行かなければ社会が悪いと言ったところで国やメディアや共産党にいいようにもてあそばれるだけです。

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[ 2016/10/15 12:01 ] 社会 | TB(-) | CM(8)

2016年9月のお奨め本

2016年9月に読んだ本の中でお奨めのものを紹介します。

・眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く(アンドリュー・パーカー)

カンブリア紀は突如多くの動物が出現する時代です。
これをカンブリア爆発と呼んでなぜこの時代にこれほど多くの動物が現れたのかは謎に包まれたままでした。
種の起源でもダーウィンがこのことの疑問に触れています。

遺伝的な急速な進化はカンブリア紀前に起こっており動物門もすでに揃っていました。
カンブリア紀の爆発は形態的な進化、つまり化石で確認できる進化が急激に進んだのです。
それではなぜこの爆発が起こったのかを解明しようとするのが本書です。

結論から言うとタイトルが示している通り眼の誕生が原因です。
光を利用することができるようになり、捕食とそれから逃れるための淘汰圧が急激に高まりました。
動物は捕食とそれに対抗する術を進化させないと生き残ることが突然難しくなってしまったのです。
硬い殻を手に入れたり、体色を変化させたりとカンブリア紀に生きた動物たちは様々な生きる術を身につけました。
現代でも光がなく眼を必要としない深海などの動物は進化のスピードがとても遅いのだそうです。

一見単純な原因ですがとても説得力があります。
もちろんこれがまだ決定版とまでは言えず、酸素濃度の上昇、気候の温暖化、生存環境の広がり、ゲノムの増加なども言われています。

眼の仕組み、光の仕組み、硬組織についての解説などとても面白いです。
ただ少しまとまりに欠けておりすっきりカンブリア爆発の解明に向かっていかない印象がありました。




・記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム(イアン ハッキング)

多重人格(解離性同一性障害)がどのようにして現れ、どのようなものとしてとらえられてきたのかを精神分析の歴史や社会史から掘り起こします。
多重人格という病気が現れたのはつい最近のことで、19世紀にはヒステリーや二重意識などとされてきましたが、そこから70年代ごろからかなり患者が増えてきたとされています。
この頃は幼児虐待とセットで語られ、後には特に幼児への性的虐待が原因とされることが多くなります。
多重人格は社会状況と密接な関係がある症状だと言えます。

著者はその診断方法の危うさや概念ができることによる患者が増える問題などを説きます。
例えばカウンセリングによって明らかに人格は増えていくそうです。
それはカウンセラーと一緒に新たな人格をうむことになったり、患者がカウンセラーの期待に応えようとするからだそうです。
多重人格はカウンセラーと患者で作り上げていく面があるとも言えます。
だからといって人為的なものとは著者は言っておらず、ありのままに起こっていることを分析しようとする態度です。
また統計的な問題で、「人は直観で判断する」で紹介した疑陽性の問題に関連した基礎率についても述べています。

精神分析の出現によって人格は魂ではなく記憶が作るようになったと言います。
同時に過去というのは不確定であることを強調します。
精神分析のように幼児虐待などの新しい概念が獲得されるとその概念に基づいた過去の書き換えが行われます。
そのため多重人格者の記憶が妄想でなかったとしても過去が書き換えられることはあります。

本書は一般向けとは言い難く、膨大な文献を狩猟しフーコーの本のような細かい分析と思考の積み重ねをしています。
少々歯ごたえがあるかもしれませんが、おどろおどろしい多重人格の本ではなくきちんとした考察を読むには本書がおすすめです。




・解体諸因 (西澤 保彦)

9編からなる短編集。
独立した話ですが全体の関連性もあります。
本書がユニークで面白いのはすべてバラバラ殺人を扱っているということです。
死体をバラバラにする理由を9つも考え出すのは大変だろうと思います。

どれも軽い感じでユーモアあふれるバラバラ殺人を楽しめると思います。
著者の他の作品のような驚きはありませんが、気軽にさらっと楽しめる作品です。



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[ 2016/10/08 18:10 ] 今月のお奨め本 | TB(-) | CM(2)
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