人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

100人にリタイアについて話した

3月から送別会、リタイア祝い、昔の仕事関係の飲み会などが続いていました。
3か月で20回の飲み会で少々疲れていたのですが、ようやく飲み会の予定を全て終了しました。
今後は飲み会は月2回ぐらいだと思うのですが、私にとってはこれぐらいがちょうどよいです。

100人と書いたのは70人、50人という規模の昔の仕事関連でのパーティーがあったのでそれぐらいの人に話すことになったわけです。
親しい人との飲み会では私のリタイアについてはよく知っているのでおめでとうという感じでした。
あまり知らない人が混じっている飲み会でも私のリタイアの噂を聞いていて色々と質問されました。

特に若い人がリタイアについて興味を持っているようでした。
やはり最近の若者は価値の多様化が進んでいるのでしょうか。
可能であれば定年前にリタイアしたいけれど、実際に難しいように思えるという人が多くいました。
仕事は人生の一部であって人生の大半を占めるのではないという人が増えているのでしょう。
喜ばしいことです。
私のリタイア例を一般化することはできないですが偉そうに講釈してきました。

面白いのは会社によってリタイアへの意識がかなり異なるということでした。
一番食いついてきたのは年収の高い会社と年収の低い会社でした。
食いつきが悪いのは大企業の安定した会社でした。

年収が高いとリタイアが現実の目標として意識できるのだと思います。
私の昔の会社の後輩で30代半ばぐらいの独身数人は半ば本気でリタイアを意識しているようでした。
彼らは年収が1000万を超えているので数年頑張ればリタイアは可能でしょう。
一方で仕事はハードなのでいつまでもこのペースで働くのはしんどいと感じるころだと思います。
私自身も30代半ばごろに仕事が体力的にきつくなってきてプライベートの時間もあまり取れないのでリタイアを本気で考えだしました。
私がその会社にいた頃は彼らは20代でした。
当時からリタイアを公言していた私が実際にリタイアを達成した先駆者となれば嬉しいものです。

年収の低い会社の人たちは仕事自体があまり面白くないのだと思います。
仕事が楽なわけでもないのに収入が低いとこの状況から脱したいと思うのは当然です。
つまらない仕事というのは給料も低いし、仕事のスキルも伸びにくいのが現実です。
私はこういう人たちこそ完全リタイアは難しくてもセミリタイアを目指してほしいと思っています。
年収が低いのならわざわざ正社員でいる必要もないですし、収入も多様化できる時代です。

大企業に勤める人はやはりリタイア意識がある人は少ないように思えました。
最近は大企業の給与は減っていますが、残業が少なくなってきたことなど、ワークライフバランスの進展で居心地は良くなっているのではないでしょうか。
もちろん企業によりけりでしょうが。
私の最後の会社でもたいして仕事しなくてもそこそこの給料がもらえるという超ぬるま湯の会社でした。
残業もなく有給もとれる会社で、しかも仕事ものんびりできるとなればリタイアとそれ程変わらなくなってきます。
私の場合はだらだら意味のない仕事をするのは嫌でしたし、そんなことで時間を拘束されるのも嫌でしたが。

今回の飲み会でリタイアに否定的なことを言った人はいませんでした。
私より目上の人がほとんどいなかったこともありますが、世の中は確実に変わってきているのだとも思います。
リタイアブログや記事が増えてきてBライフや小屋暮らしも少しづつ世間に知られてきています。
ミニマリストや断捨離のようなシンプルな生活も広まってきました。
今回多くの人にリタイアについて話して、リタイアがそれほど異質な生き方ではなくなってきているのではないかと感じました。

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[ 2016/05/29 12:06 ] アーリーリタイア | TB(-) | CM(6)

文系学部はもう廃止でよいのでは

私は文系学部卒です。
今のことは分かりませんが、私の時代の文系学部は大抵は勉強しなくても卒業できました。
私は高校より大学でのほうが勉強しましたが、大学入学時より卒業時のほうが学力が落ちている学生が多かったように思います。

当時の大学の役割は社会に出る前のモラトリアムでしかなく教育機関ではなかったと思います。
サークル活動に打ち込んだり、長期間の旅行に行ったり、留学することができる唯一の機会でした。
社会人になってからこれらをするためにはある程度のリスクを覚悟しなければいけません。
とはいっても多くの学生は4年間をただだらだら過ごしていたように思います。

考えてみると18歳というほぼ大人になってからのこの4年間はとても贅沢なものでした。
経済的にも文化的にも社会に貢献しないのに4年間も若者を遊ばせてくれるのが大学の文系学部でした。
社会に余裕があるからこそ提供できる時間なのだと思います。
しかもただ遊んでいるだけにも関わらず学歴シグナルで結局は高卒より生涯年収が高くなるのです。

今では希望すれば誰でも大学に行ける時代となりました。
しかしそのことで親の教育費の負担は増しています。
上位の大学なら教育効果がなくても投資効果はあるでしょうが、それ以外の大学では投資効果があるとも思えません。
奨学金の返済に困る人も増えているようです。
そもそも奨学金はそれ以上に収入が得られることを期待しているはずなので上位大学に絞って支給するほうが本人のためだと思います。

そろそろ大学の文系学部は廃止してもいいのではないでしょうか。
親の教育費負担、労働力の損失、補助金の損失と文系学部は社会的な損失だと思います。
研究者の育成は必要ですが研究希望向けに旧帝大レベルだけは残せば十分でしょう。
そうすると先生は研究に重点を置けますし、本気で勉強する学生だけに教えることができます。
研究希望者以外は受け入れない代わりに生涯学習などを通じて知識を社会に還元する役割は強化すれば社会全体の文化レベルは維持できると思います。
現在の大学が担っている学力のシグナルとしての役割はセンター試験と2次試験のようなものを残しておけばよいのではないでしょうか。

実際にそのようになったら私は大学に行くかどうか悩むと思います。
働きたくないけど大学が遊ぶところでなくなるのだったら18歳から働いて給料をもらうほうを選択するかもしれません。
でもある程度真剣に勉強をしてみたい気もしますが、今の文系学部の大学院のようになると思うので就職に不利になるならやめておいたほうように思いますし。
リタイアについていえば資産形成の速さが同じだとすると大学に行くよりは4年早くリタイアできることになります。
若いうちのほうがまだ仕事もやる気があるのでこれはいいかもしれません。

でもやっぱり大学というモラトリアムは私にとっては楽しく有意義なものでしたけどね。

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[ 2016/05/22 11:15 ] 社会 | TB(0) | CM(4)
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