人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

私の遺産の処分方法

今年も目標であるTOPIXをかなり上回る運用成績を残せそうです。
資産は順調に増えておりもう寿命が尽きるまで逃げ切れると思います。

慎重な人間なので資金シミュレーションの条件をかなり厳しくしています。
一番可能性の高いシミュレーションではおそらく数千万ぐらいは残してしまいそうです。
資産を使い切って死ぬのが理想ではあるのですが臆病で慎重な私にはかなり難しいです。

私が死ぬときには私自身の遺産と手を付けるつもりのない親からの遺産が残ることになります。
親から受け継いだ遺産は全額甥っ子と姪っ子に譲るつもりです。
親の遺産なので親が望むであろう使い方をします。

では自分の遺産はどのようにしようかと悩みます。
もし私が老後に病気などをして世話になった親族がいればその人にお礼の分は残すことになるでしょう。
無事に誰の世話にもならずに死んだとしたら遺産の多くを低所得層の子供の教育に携わるような団体に寄付したいと考えています。
甥っ子と姪っ子にも少し渡すつもりではいます。

私は市場主義による競争社会を強く支持しています。
今の政府のように様々な規制で社会を縛ったり、民間に介入してくるような社会は自由を制限し他者に依存する人間を作り出すので好きではありません。
競争社会は機会が均等であることが前提です。
しかし実際には機会は均等ではなく最近では半ば階級化しているのかもしれません。
質の高い教育を受けられる環境に育った人はかなりのアドバンテージを持つことになります。

私の家は金持ちというわけではないですが、サラリーマン家庭としては年収も資産もかなり高いほうだったと思います。
当然、塾や習い事は自由にさせてもらいました。
私が育った地域は大企業の高学歴サラリーマンの家が多いためか、子供の教育レベルもかなり高いもので近畿でもトップレベルに近いのではないかと思います。
とても自分の力だけで何とか競争を勝ち抜いてきたとは言えません。
同級生のレベルの高さに引っ張られた部分が大きいです。
実際に私が競争に勝ってきたのかは置いておいて。
なので自分の遺産は子供に機会を与えてやれるようなことに使いたいなと考えています。

アーリーリタイア達成者には資金の減るペースが遅く多くの遺産を残しそうな人も多そうです。
自分の遺産の使い道を考えたりするのでしょうか。
あるいは余裕のあるアーリーリタイア達成者は意地でもほとんどを使い切ろうと思っているのでしょうか。

それにしても最近自分が死ぬ頃のことをよく考えています。
自分の50代や60代のことはほとんど考えることはありません。
おそらく体が健康な間はずっと現在の延長だろうと思っているからでしょうね。

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[ 2015/11/28 23:53 ] 雑感 | TB(-) | CM(7)

先進国の人の命は重い

パリのテロで多くの人が亡くなりました。
世界中が連帯し亡くなった人たちを悼んでいます。

それにしてもたかだか百数十人の死です。
その程度なら毎日のようにあちこちで理不尽な死を遂げている人がいます。
それこそイラクやシリアの人たちはそこに生まれてしまっただけで悲惨な最期を迎えた人が多いでしょう。
直前に起きたベイルートのテロもパリと同じくらい悲惨な事件です。

ではパリで起きた事件ではなぜ世界が悲しみ連帯したのでしょう。
それは先進国の人間の命はそれだけ重いからです。
先進国でテロのような理不尽な死はあってはならないのです。
またその悲惨さを発信する力も先進国は圧倒的に強く連帯への力となります。

途上国での理不尽な死は先進国と比較するとはるかに多いでしょう。
テロだけでなく、治安や事故、医療レベル、衛生環境、貧困などで死がより一般的な出来事です。
テロや天災のような特別な死も一般的な死に収斂されていきます。


フランスという先進国での日常では起こりえないテロによる死は他の先進国の悲しみを誘います。
他人ごとではないからです。
レバノンは他人ごとです。
パリで起こったことはニューヨークや東京でも起きえると思い、ベイルートで起きたことは起こりえないと考えるのです。
ベイルートで亡くなった1個人とパリで亡くなった1個人だけにスポットライトを当てると人は同様の悲しみを覚えるでしょう。
しかしパリやベイルートという場が現れるとそうではありません。

先進国の自由主義的価値を共有する私たちはパリのテロは私たち全体への攻撃と捉えます。
そこに悲しみと憤りを感じます。
ベイルートのテロは悲しい出来事だとは考えても私たちの価値への攻撃とは思いません。
何故ならそこは私たちの世界ではないからです。
あるいはその悲惨な事件を引き起こしたのはベイルートを含む中東地域の価値であると考えるからです。
中東地域で生まれたものがパリにまで影響が及ぶのは先進国の人は許すことはできないのです。

それにしてもテロと戦闘行為の境目はどこにあるのでしょう。
パリのテロもイスラム国は通常の戦闘行為と主張するかもしれません。
フランス軍による空爆はイスラム国からすると軍事施設だけに限らないと主張するかもしれません。
もし一方が圧倒的な力を持っているときには弱いほうはテロのようなゲリラ的な攻撃しかできないことになります。
一般市民を標的にしないで戦争ができるのはそもそも先進国だけなのではないかとも思います。

結局は価値を共有する存在を支持するしかないのだろうと思います。
私たちはアメリカの無茶な戦争行為に眉を顰めることが多くあります。
私も現在のイスラム国を生み出した一因はアメリカが腹いせのように仕掛けたイラク戦争があると思っています。
それでもより安定した平和な世界、より自由な世界を欲する先進国はアメリカを支持するしかありません。
価値の対立があるときは価値を共有するほうを支持する以外の選択肢はほとんどないのです。

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[ 2015/11/21 17:27 ] 雑感 | TB(0) | CM(4)
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