人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

さらなる日銀の追加緩和

今週はFOMCと日銀の金融政策決定会合と大きなイベントが続きます。
先週のドラギさんの緩和への前のめりに続いて、FOMCの利上げ見送り、日銀の追加緩和となるのでしょうか。
世界の株価も底を売った感がでてきており再び日経平均も2万円を目指す雰囲気が出てきています。
市場の期待通りだと株価の大きな支えとなります。

FOMCの見送りはコンセンサスとなっているようですが、日銀の追加緩和は五分五分といった見方のようです。
私は追加緩和なしの可能性のほうが高いように思っています。
もうそれほど手段が残されていないような状況でここで緩和してしまうのは危ういように思います。
ETFの買い入れ額の増額ぐらいならまだしも、付利の引き下げやこれ以上の長期国債の買い入れなどは最後の手段になってくるのではないでしょうか。
株高、円安の雰囲気になってきたところでこれ幸いと現状維持となるかと思います。

それにしても中央銀行の最近の金融政策は市場ばかりを見ているのではないでしょうか。
株価が下がると市場が緩和策を要求し中央銀行がそれに答えるという構図になることが多いです。
アメリカもEUも経済状況は良くなっています。
中国の問題の影響があると言ってもそんなことばっかり気にしていたら永久に緩和をし続ける必要があります。

金融緩和がどれほど実体経済に影響を与えることができたのかもはなはだ疑問です。
日本の場合も多くのエコノミストの予想通りに円安誘導の効果ぐらいしかありませんでした。
円安の効果があったと言ってもマイナス面である程度相殺されますから、実質成長率は結局大したことはありませんでした。
元高や中間層の成長による中国人の爆買や原油安という神風が吹いているのにも関わらず経済指標もさえません。
もちろん物価上昇率2%にもまだまだ届いていません。

金融政策は経済成長そのものではなく経済を安定させるためのものという基本にそろそろ戻るべきではないでしょうか。
結局は地道に潜在成長率を上げていくしかありません。
三本の矢に成長戦略があったように記憶しているのですが、こちらはどうなったのでしょうか。
成長を目指すには民間が自由に競争する仕組みを整えることしかありません。
ウルグアイラウンドに続いて農林族の予算分捕りが始まりそうですが、政治家は補助金で民間の手足を縛ったり、軽減税率とかいう馬鹿な制度を考えたり、プレミアム商品券をばらまくことなど成長力を削ぐことには熱心に取り組むようです。
予算を分捕り仲間に分け与えるという姿勢は自民党から共産党まで一貫した姿勢ですね。
社会生活を支える富を生み出すことには興味がないようです。

まあ、それでも資産が増えるのは嬉しいと思ってしまうのが人の感情というものです。
最近の株安で買い増ししたこともあって急速に資産が回復してきたのでほっとしています。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

[ 2015/10/25 12:22 ] 資産運用 | TB(-) | CM(9)

他者との比較で生きる

多くの人は他者との比較により自分を位置付けて生きています。
生きていると他者と競争することが多いのですからある程度は仕方がないところがあります。

しかし他者と比較して生きることは楽しそうには思いません。
自分の人生は自分のものであり他者のものではないからです。
また嫉妬や僻みを持って生きることが楽しいはずがありません。
そんなことは多くの人は分かっているはずです。
しかしそれでも他者と比較してしまうのは人にとって自尊心というのは相当強い感情だからです。

下流老人などという言葉に食いつくのも下流という言葉が持つ魅力でしょう。
勝ち組、負け組という言葉も違和感なく使われる言葉となりました。
他者と比較する言葉がこれだけ氾濫するのはそれだけ人の嫉妬心や自尊心が強いということです。
もちろんそのことがメディアや政治のビジネスとして成り立つから余計にこのような言葉が氾濫します。

他者との比較で最低限の自尊心を満たせない人は攻撃的になったり、社会を恐れてしまうことがよくあります。
失敗を恐れて仕事ができなくなり家に引きこもる人は多いでしょう。
ネットでも現実社会でも常に他者の劣ったと思われることを攻撃してしまう人もいます。
自分の自尊心を満たすために自己を国に拡大してしまう人もいます。
そのような人は日本人がノーベル賞を取ったときなど、日本が優れているとされる部分で自分の自尊心を満たし他国の悪口を言ってしまいます。
子供を自慢する親も自己を拡大している例と言えるでしょう。

自分に自信がある人は他者からの評価を必要としません。
自分自身の価値観が確立されていたり、実際に優れているため他者からの評価が必要でないからでしょう。
中には他者からの評価を必要としないと主張することで自尊心を満たす人もいますが。

しかし特に優れているわけでもない普通の人が他者からの評価から逃れるのは簡単ではありません。
社会で生きている以上自分の価値観を確立するということもそんなに簡単なことではないと思います。

では他者からの評価から逃れる簡単な方法はないのでしょうか。
私は孤独に生きることだと思います。
孤独に生きるということは結局社会や他者に興味を持たないということだと思います。
子供のころは集団生活をある程度強制されますが社会人になると集団生活を強制されることが少なくなります。
最近では会社が個人の価値観に介入することが少なくなってきましたし、転職もしやすい環境になってきました。
孤独に生きることが容易になってきていると思います。

もう一つは自分の興味あることに集中することだと思います。
オタクと呼ばれる人たちは社会からは一段下に見られることが多いと思います。
しかし彼らにはそんなことはどうでもいいことでしょう。
好きなことだけやっていられればそれで満足なのだと思います。

あとは2チャンネルのような掲示板に近づかないということでしょうか。
人の攻撃性がそのまま現れたり嫉妬が渦巻いている世界では他者の評価は需要な指標となってしまいます。
ネットの世界を現実世界の価値観だと思い込んでしまい、ますます嫉妬したり他者の評価を欲するようになってしまいます。

アーリーリタイア志望者には他者との比較に縛られている人が少ないと思います。
低所得者であっても少ない予算で人生を楽しむことができて、自分の価値観を持っているために他者への嫉妬心などをあまり持っていないように感じます。
私のように社会や他者に興味がないという人もいると思います。
もちろんアーリーリタイアできるということが他者より優れていることの根拠になっている人もいるでしょう。
自分自身の価値観を強固にしたいがためか、社会一般の価値観を揶揄することに熱心な人もいるでしょう。
これらの場合は他者との比較をまだ必要としているのかもしれません。

アーリーリタイアを目指すことは社会では少数派の生き方です。
恐らくそのようなことを目指すこと自体が他者との比較から離れていく方向に引っ張られるのでしょう。

他人と比較してしまうのはあるべき価値観、生き方を政府やメディアが提示しようとするということもあります。
大きな問題では歴史教育など、小さな問題では老後に必要な資金など。
日本も十分経済的に豊かになり成熟した国になったのですから、そろそろ個人の生き方を自由に認める方向に進むべきときでしょう。
社会にはルールやモラルは必要であっても全体を統一する価値、生き方などは個々の人生を楽しくすることに役立つとは思いません。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村

[ 2015/10/18 11:29 ] 人生 | TB(0) | CM(14)
ブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

相互リンクとコメントを頂いた方