人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

残された人生が多くないと気づくとき

小学校の頃は自分の人生は有限だと考えることはありませんでした。
高校生の頃は死というものを意識し始めてはいましたが、少なくとも老衰や病気で死ぬのは遠い未来のことだと思っていました。
30歳になっても自分の時間が限られているとを考えることはありませんでした。
まだまだ気力も体力も充実していてこの状態が少なくとも50歳ぐらいまでは続くと疑っていませんでした。

40歳を超えた今は自分に残された時間の有限性を強く感じています。
老化をはっきりと感じ始めているからだと思います。
老眼が始まり、体力が低下しているのを実感するようになってしまいました。
特に好奇心がなくなってきています。
私はそれなりに活動的な人間だったと思います。
それが今ではバックパッカーにすら興味を失いつつあり、外国旅行がきつくなった後の計画として考えていた全国47都道府県で暮らす計画や、日本の海岸線を歩いて一周する計画など全てもうどうでもいい気分になっています。
東京のこの居心地のいい部屋でのんびり平穏無事な生活の老後でよいと思っています。

余命1年と告げられて残りの人生をどう過ごすかというような小説などがあります。
どのように生きることが価値ある人生かと人生で初めて問います。
しかし生まれたときに余命が80年とすでに告げられているわけです。
本来は1つ年を取るごとに余命が1年少なくなるのですから常に自分の残り時間を考えなければなりません。
にも関わらず大抵の人は残り時間が少なくなってから、突然に実はあなたの人生は有限だったのだよと言われることになります。
その時になって初めて自分の残りの人生について考えることになるのです。

私の場合も老いを感じ始めてようやく人生の有限性について考え始めることができたと思います。
しかし残念ながら自分の人生を価値あるものにするにはどうしたらいいのかは分からないですし、そもそも価値のある人生なんて求めていません。
小説などでは家族や社会に対して最後に何ができるか、自分が生きた証をどのように残すかなどと問います。
私はそのようなことは全く思いませんので結局は自分が楽しいと思えることだけに集中したいという答えしかありません。
あとはできうるなら100歳まで生きて世の中がどのように変わっていくかを傍観していたいと思っています。

世の人はいつごろから残された時間について考え始めるのでしょうか。
そんなことは考える必要もないぐらいにやりたいことをやる続けている人もいるかもしれませんが、大抵の人は何かを我慢してやりたくないことに時間を費やしているはずです。
人生が有限であることを実感として感じ考えられるのが早いほど後悔しない人生を送ることができるのだと思います。

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[ 2015/06/28 20:10 ] アーリーリタイア | TB(-) | CM(10)

1人でスタバに入れない人

1人でスタバやマクドに入れないという人に何度かあったことがあります。
スーパーでさえ行くのが嫌でできるだけ保存の効くものを買いだめしている人もいました。
最近はネットスーパーが充実してきたし、アマゾンでもいろいろなものが買えるのでそんな人にはいい時代になってきています。

1人で焼肉店に行けるか、女性一人で吉野家に行けるかなどとよく言われます。
逆手にとっておひとり様用の焼肉店、しゃぶしゃぶ店などが出てきています。
店に入ってから最後まで誰とも会うことのないラーメン店をニュースで見たこともあります。
ひとりカラオケも完全に市民権を得たのではないでしょうか。

何故恥ずかしいのかというとそれはターゲットとされている客層に自分が当てはまらないと考えることが大きいと思います。
昔の吉野家は男性をターゲットとして、女性は入りにくかったと思います。
ファミレスもその名の通り昔はファミリー向けで1人客を想定していなかったのではないでしょうか。
1人客をターゲットとしていない店に1人で滞在するのは普通は居心地の悪さを感じるでしょう。

私も1人で居酒屋に入れないし、フランス料理などの店には入れないです。
フランス料理は男の友人と入る勇気ももちろんないので女友達と飲む機会を利用してフランス料理を食べに行くようにしています。
ドレスコードのある店にもいけないです。

しかしスタバやマクド、吉野家は1人客が主要なターゲットです。
これらの店に入れないのは注文することに対する恐怖感や、見知らぬ集団の中で空間を共有することへの恐れなどがあるのかもしれません。
あるいはどのようにみられるかという自意識過剰があるのかもしれません。

私はスタバに入るなどは全く躊躇しませんが、かなり自意識過剰な人間なので気持ちは分かります。
何かをするためには恥をかかないように相当の下調べをしておかないと不安になります。

昔、クラブの大会で選手宣誓をするときは恥ずかしさのあまりきちんと宣誓できたのかさえ分かりませんでした。
仕事でプレゼンやセミナーの講師をする機会が多かったときは毎回不安感や恥ずかしさでいっぱいでした。
ネットで下調べは完了しているのですがいまだにコンビニコーヒーを買う勇気を持てません。
電車の中でゲームをしたり、漫画を読むなんて恥ずかしくてできません。
人に質問するときは下らない質問ではないかと思ってしまい、ぎりぎりまで自分で解決しようとします。
聞くは一時の恥と言いますが、相手が一生覚えていたら一生の恥だと考えてしまうのです。
一方で聞かなくてもいつかは知る機会があるはずです。
私は子供の頃の恥で今でも鮮明に覚えていることが多くあります。
そして思い出すたびに落ち込んでいます。
私以外はそんなことがあったことを誰も覚えていないにも関わらず。

ただ大抵のことはどれも一度経験してしまえば何でもないことです。
プレゼンなんかも数をこなすと少しずつ慣れてきます。
それでも仕事でもない限りはその小さな一歩を踏み出すのは難しいことです。

一方で自意識なんて全くないのではないかという人もいます。
人にどう思われるかを気にもかけないし、気づきもしないのはある意味羨ましいです。
こういうタイプの人はうまく嵌まると成功するタイプだと思います。
そうでない場合はかなりめんどくさくなりますが。

学生時代の友人でファミレスや定食屋で注文の時に必ず大盛りは無料かと聞く友人がいました。
私などはメニューで確認して無料だったら大盛りを頼みますが、友人は気にせずにとりあえず無料かどうかを確認するのです。
メニューに記載がなくても無料の可能性があるのだから聞くのだと言っていましたが、私にはとても聞けなかったです。
しかし確かにメニューに記載がなくても大盛りを無料にしてくれる店はかなりありました。
学生が行くような店が多かったからかもしれませんが。

最近行きつけの寿司屋を一つ増やすことができました。
存在を知ってから3年ほどでようやく勇気をもって入ることができました。
また一歩大人になることができました。

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[ 2015/06/20 12:54 ] どうでもいいこと | TB(0) | CM(3)
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