人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

騙されたという奴は再び騙される

最近、川田稔の「昭和陸軍全史 満州事変」と百田尚樹の「永遠の0」を読みました。
かなり久しぶりに第二次大戦時の本を読んだように思います。
両方とも面白かったです。

この2冊を読んでいて伊丹万作(伊丹十三の父)の書いたエッセイを思い出しました。

戦中は国民一丸で戦争に突き進んでおきながら、戦後には皆が騙されていたのだと言い始めている。
新聞や軍が騙したのか。
しかし新聞や軍もまた誰かに騙されたと言うのだろう。
そうすると一体だれが騙したのか。
結局は国民全員が騙し、騙されていたのだろう。
国民の大部分が思考力、批判的精神、信念を欠如しており独立した精神を持っていなかったのであり、自分自身もそうであった。

というような内容です。

戦後の目覚ましい復興はある意味騙されたと言える国民だったからではないでしょうか。
自己を持たない分、変わり身が早く一気に民主主義と経済に突っ走ることができたのでしょう。

しかし伊丹が述べるように騙されたと平気で言える人は恐らくこれからも何度でも騙されるだろうし、すでに再び騙されているのだと思います。
騙されたときにそこで真摯な反省ができない人間は他者に思考を委ねるような人なのですから当たり前のことです。
戦争で犠牲になった一般の兵隊や国民の困難を強調して、その裏返しとして新聞社や軍隊の上層部が無能だった、彼らに騙されたという構図が多すぎるように思います。
愚かな戦争の中で真摯に生きた人々がいたとしても騙されたものが自らそれを引き受けることがないと再び騙されるのだと思います。
騙される人がいなければ騙すことなんてできません。

何も日本に限ったことでもないし、戦争に限ったことでもありません。
どこの国でもいつの時代でも心地良い言葉や勇ましい言葉に踊らされ、うまくいかないとなると騙されたという人は多くいます。

イラク戦争では当初アメリカの世論は圧倒的に支持をしていましたが、今では過半数が間違った戦争だったとしています。
イラクは不安定化し、イラク人、アメリカ人は多数の犠牲者と経済的な損失を被っています。
あるはずの大量破壊兵器もなく騙されたと思っている国民は多いことでしょう。
原発についても安全神話が嘘だったのだ、私たちは騙されていたという人の多いこと。
安全神話を言わされるほうも、言わせるほうもそんなもの有り得ないことは暗黙の了解だったはずなのに、突然騙されていたことになってしまいました。

マルチ商法や銀行、詐欺に騙されたなどという事も同じです。
騙されたという人は自分の思考能力や責任能力の欠如を示しているのです。
そんな人は何度でも騙されます。

そして騙されるということも悪なのだと思います。
騙されたことの責任を真摯に引き受けることができないことはもっと悪なのだと思います。

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[ 2015/05/30 12:08 ] 社会 | TB(0) | CM(6)

永遠に答えの出ないこと

世の中には決して答えが出ないことばかりです。
それでもずっと人は問い続けます。

神様が存在するかどうかは人類が滅亡するまで問い続けることでしょう。
普遍的な神の存在証明なんてできっこありませんから。
中世の神学者は神の存在を証明しようとしましたが、その答えを受け入れることができる人なんてそんなにいないでしょう。

問うたところで答えが出ないのになぜ問い続けるのか。
それは自分の答えは見つかるからだと思います。
答えを出すための基準は一体どこにあるのでしょうか。
数学であれば公理があるかもしれませんが、神の存在の判断基準なんてものが普遍的にあるとは思えません。
論理だけでは誰もが納得する答えは得られないでしょう。

しかし基準を自分に置いてしまうと大抵のことで答えは出ます。
この場合は普遍的なものではありません。
自分の状況が変わったり、新たな知識が得られたりすると答えは変わってしまいます。
様々な問いに対して人は新たな答えを見出してきたことと同じです。

資産運用やリタイアでも答えの出ない論争が続けられています。
持家と賃貸のどちらが良いのか。
インデックス投資とアクティブ投資のどちらが良いのか。
老後やアーリーリタイアに必要な資金はどれだけ必要か。

そんなものは一般的な答えなぞ出るわけがありません。
しかし人はこれが正しいと言いたがります。
正しいのはその人にとってであり、他人にとってではありません。
それぞれが置かれた状況は全く異なるので当たり前のことです。

重要なのはその仕組みを理解することであり、それさえできれば自分の選んだものが正しい答えです。
極論を言うとビルゲイツと私では賃貸か持家かの答えは異なります。
ビルゲイツにはそんな議論の意味は今日のおやつは何かの問いより意味のない問いでしょう。
100人いれば100個の正しい答えがあるのです。

インデックスとアクティブのどちらか良いかを熱く語るのは意味のないことだと思います。
しかし悪いことではありません。
野球とサッカーのどちらか面白いか。
AKBの総選挙で誰に投票するか。
これらは語ることに楽しさを見出しているのですから。

それにしても仕組みが明確で議論の余地など無いように思えることで何故これだけ白熱した論争を続けていくことができるのでしょうか。
世の中には答えを出すための材料や基準がまだはっきりしない面白いものが沢山あるというのに。

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[ 2015/05/23 11:57 ] 雑感 | TB(0) | CM(8)
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