人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

インデックス投資と個別株投資

インデックス投資の利点の最も大きなものは低コストで指標に連動した成果を得られることができることだと思います。
毎月10万円を積み立てるとするとTOPIXに連動するものであれば1800もの会社の株を分散して10万円分を買っていることになります。
個別株投資では10万では1銘柄も買えないですし当然のことながら時間軸でも銘柄でも分散効果はありません。
ただ毎月1銘柄ずつ買うような投資でも業種などを分散しているとある程度残高が積みあがるとそれなりの分散の効果は出てくると思います。

低コストと言っても残高が3000万円ぐらいになるとコストも馬鹿になりません。
信託報酬が0.4%とすると年間120000円となります。
この金額をどう考えるかは人それぞれだと思いますが、信託報酬に月1万円を払うのは私は抵抗があります。
ある程度の資産があれば個別株投資で分散をして擬似的なインデックス投資を目指すしても良いと思います。
この場合資産取り崩し期に株を売っていくと再び分散効果が薄れていきます。

機械的に積み立てて余計なことを考えなくても良いのもインデックス投資の大きな利点です。
個別株投資の場合は常に銘柄や買うタイミングを考えることになります。
成功すれば喜び、失敗すれば後悔し、精神的にかなりの負担となります。
そんなことに心を煩わされる時間があれば他のことを考えたいという人は多いでしょう。
インデックス投資だと市場平均と同じだけの利益となるので損した得したと心を煩わされることがありません。
機械的に積み立てるだけなので銘柄選びも買うタイミングについても何も考える必要はありません。
一方で銘柄研究をすることや、市場に対する勝ち負けが楽しい人にとっては退屈で仕方がないでしょう。
投資に時間と頭を使いたくなければインデックス投資が良い投資法と思います。

また税金の繰り延べ効果もかなり大きな利点です。
個別株だと配当が毎年支払われることがほとんどですが、現在では20%も税金を取られます。
インデックス投資だとファンド内で自動で再投資しているので税金を繰り延べていることになります。
(これに関して記事を見かけたことないですが正しいですよね?)
ファンドが配当を出していればその分の税金を取られてしまいますが。

これは個別株投資では得られない効果でしかも長期で見るとかなりのメリットとなります。
リタイアして資産を取り崩す段階だと毎年利益を確定して税金がかかるようになるのでこのメリットはなくなります。

短期売買を繰り返すのではない長期投資をするのであればインデックス投資であろうが、個別株分散投資であろうがどっちでもそれほどパフォーマンスは変わらないのではないかと思います。
もちろん個別株投資で銘柄選択に優れた人は高いパフォーマンスとなるでしょうが、分散して資産を積み上げるとインデックス投資に近くなっていきます。
投資が好きか、面倒と考えるか、あるいは確実な分散投資を望むかどうか、ある程度の分散ができていればよいかで個人の好みの問題で決めれば良いのだろうと考えていました。

しかし最近は少し考え方が変わってきて個別株投資が有利になってきているのではないかと思うようになってきています。
株主優待があるためです。
現在では株主優待を実施する企業が1200社近くになっています。
上場企業の3割が優待を実施しているそうです。

単元株の所有が多い個人投資家とは異なりファンドが取得できる株主優待はほんの少しです。
換金できるような優待であれば換金してファンドの収入とするそうですがファンドの資産からすると誤差のレベルでしょう。
中には優待で配当以上の利回りがある企業も少なからずあります。
私は父親に優待券をあげるためにゴルフ場経営のPGMの株を持っていますが、配当は1000円で優待券は7000円になります。
母親に優待券をあげているマックスバリュの株は配当が3500円で優待券が5000円です。
会社からの資金流出がかなり個人株主に有利になっており、大口投資家にとってかなり不利な制度です。

もちろん優待目当てに株を買うことは投資法としてはよくありません。
しかし所有銘柄数が増えていくと自然と優待銘柄を持つことになります。
これはインデックス投資に対する個別株投資の大きな利点になってきています。
指標の推移を配当込みで表すことがありますがそろそろ優待込みでも表すようにしてほしいです。
優待には金額換算が難しいものが沢山ありますが参考程度でいいので誰か作ってほしいです。
市場全体の優待利回りが出ればどの程度単元株主に利益還元されているかが分かります。

ところで優待を実施する企業が多いのは日本ぐらいだそうです。
これについては賛否両論があり、極めて不公平な還元方法であることやそんなことに資産を使うべきでないと反対する人がいます。
私は個人投資家がそんなことを言ったところで意味がなく、現状とれる収益は取りこぼさないことが大事だと考えます。
ですので優待を実施している以上はそれをきちんと取りたいと思っています。
そのため優待はインデックス投資より個別株で持ちたい理由の一つとなります。
あくまで優待目当ての投資ではなく同じ銘柄に投資するなら直接投資して優待を取らないと損だという意味です。
私は優待実施企業がもっと増えて上場企業の半分以上になってほしいと思っているぐらいです。
企業からの資金流出が配当よりかなり少なく済み、私のような単元株を持っている人に多くの還元となるからです。

ということで私がインデックス投資でなく個別株投資をする理由をまとめると以下のようになります。

1、もともとビジネスには興味を持ってきたので企業研究が楽しい
2、ある程度残高が積み上がってきているのでインデックス投資に近い分散効果を得られる
3、もらえる優待はやはり取っておかないと損
4、資産残高が増えると信託報酬がもったいない気がする

外国株とリートについてはよく分からないのでインデックス投資です。
短期売買や特定銘柄への集中投資もしません。
そんな才覚はないし、自分の収入と目標とする資産額を考えるとそこまでリスクを取る必要はないと考えているからです。

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[ 2015/02/28 18:03 ] 資産運用 | TB(-) | CM(2)

平和的な宗教

シリアの人質事件で感じたことの続きです。

今回の事件はイスラムの過激派が起こした事件です。
大抵の穏健なムスリムは過激派はイスラムの教えを曲解しているとか、本当のイスラムは平和的な宗教だといいます。
ムスリムだけではなく、イスラムの研究者などもそのようにいうことがあります。

少し前のイスラム研究者にはイスラムは女性を大事にして、他宗教にも寛容な宗教だと主張する人が多くいました。
ムハンマドの時代に戦争で夫を亡くした未亡人のために複数の妻を持つことを許したり、オスマン時代にはユダヤ人などの多民族が比較的平和に暮らしていたことをその証拠に挙げていました。
一体いつの時代のことを言っているんだ、現代的な価値に迎合させてどうするんだ、学者が批判的な精神を失ってどうするんだと不思議に思ったものです。

宗教の価値が現代文明が持つ価値によって評価されることが多くあります。
当然と言えば当然です。
グローバルに通用するのは現代的な価値だけですから。
イスラムは本当は平和的な宗教だという人も私には現代文明の価値に重きを置いているように見えます。
しかし現代的な価値で判断するのなら宗教そのものに意味があるのかどうか疑問です。
現代で普遍とされる価値を補助する位置にしか宗教が存在できないことになるからです。

宗教は正義や価値を与えます。
習俗や習慣といったものにとどまらずに、正義と悪を区別することになります。
聖書やクルアーンに記述されていることを正義の源泉としたときには現代的な価値と衝突することが多々あります。
遠い昔の時代背景から生まれた聖書やクルアーンが現代の価値とは両立しないのは当然のことです。
もちろん宗教は常に時代の変化に対応できる柔軟なものです。
常にその解釈は変化してきました。
憲法の解釈が時代に合わせて変化してきたことと同じです。

現代に生きるほとんどの信仰者はそのような解釈の変化を受け入れて現代的な価値と両立させています。
しかし正義の源泉がある以上は常に本来の解釈に戻ろうとする人が出てきます。
そのような人たちが現代的な価値から過激派とみなされるからといってその宗教の本質から外れているかは別問題でしょう。

善人や悪人の割合は信仰者と無神論者では変わりないか、あるいは信仰者のほうが善人のほうが多いかもしれません。
しかし過激派が生まれるのも宗教の性質上逃れることができないものです。
そして人は相対的なものでは満足できないことが往々にしてあります。
そこに目を背けてただ本当の教えとは違うと言ったところで意味がないと思います。
結局は現代文明というシステム下で許容されるあり方を目指すしかありません。
そのときには絶対的な価値を与えるはずの存在が価値の制限を受けるという矛盾が生じますが、矛盾こそ人間の存在の面白さです。

もちろん現在正しいとされている価値はいつ覆るかわかりません。
一つの宗教が支配する世界が来る可能性は十分あります。

ところで私は宗教学が好きでよく本などを読んでいます。
私にとって宗教の本質とは世界の解釈の仕方を与えてくれることです。
世界をどのように説明するか。
論理性を重視する哲学と神という公理を演繹していく宗教は似ていると思います。
世界を解釈したいと思うときにそこには正義とか不信仰者は排除される存在ではありません。
ただただ解釈する対象として存在しています。
なぜ神は悪人の存在を許すのか。
悪人を排除するのではなく、何故存在しているのかを問うのです。
信仰を持たない私にはそのような世界の解釈の仕方が面白いのです。

現代ではムスリムの人口が順調に伸ばしており、キリスト教に迫っています。
果たして私が死ぬ頃にはどうなっているのか。
まだまだ死ぬまでの暇つぶしには事欠かないようです。

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[ 2015/02/21 17:56 ] 社会 | TB(0) | CM(2)
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