人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

我が家の鏡餅

もう今年も残り少ないです。
正月に向けての私の仕事はおせち料理を予約することと鏡餅を作ることです。
おせち料理は毎年11月ごろには予約をしています。
もう10年以上料亭などに注文していますがさすがに飽きてきました。
親にはお雑煮と栗きんとんだけでいいというのですが、それでは正月気分が味わえないということで却下されます。
年々お正月とその他の日との違いがなくなってきていますから、せめておせちぐらいは残すものもよいのでしょう。

鏡餅は毎年サトウの鏡餅を買ってきて私が組み立てます。
子供のころは大晦日に祖父の家に鏡餅を作りに行っていました。
一族が集まり蔵から臼と杵をひっぱり出してきて餅をついていきます。
各家用に鏡餅と丸餅を用意するので2つの臼で大量に餅がつかれました。
つき上がった餅を女性が鏡餅や丸餅、餡餅などにしていくのを餡餅をつまみ食いしながら手伝った思い出があります。
餅をついたり、つきたてを食べたり、子供心に楽しい思い出です。
そしてつきあがった餅と祖父が作っておいてくれた玄関や車用のしめ縄を持って帰って正月の最後の準備をするのです。
そういえば自動車にしめ縄をしているのもめっきり見かけなくなりました。

しかしいつの間にか大晦日に餅をつきに行くことがなくなりました。
私が高校生のころにはいかなくなっていたように思います。
そしていつしか本物の鏡餅の代わりにサトウの鏡餅が飾られるようになりました。
あのどでかくて形もきれいとは言えないけれどご利益がありそうな鏡餅が、土台が紙で橙がおもちゃ、餅の回りがプラスチックにおおわれているあまりにもちゃちい鏡餅にとってかわられたのです。
鏡開きのころには鏡餅にひび割れが入り最後に割って食べるということも無くなってしまいました。

サトウの鏡餅も初期のころからかなり進化したように思えます。
最初は不恰好で作りにくいものでしたが、最近では見た目もよくなり何より作りやすくなりました。
一番衝撃的だったのは、鏡餅のまわりをプラスチックで覆うのではなく、中に丸餅が入っているバージョンが発売されたときです。
もうここまで来たらあまりにも形式的過ぎて鏡餅なんていらないのではないでしょうか。
毎年母親にそういっているのですが、サトウの鏡餅でも飾っておくと気分が良いというのです。
そんなものなのでしょうか。

今年の正月の鏡餅を作ろうと母親に持ってきてもらった時に再び衝撃を受けました。
なんと前年の使いまわしなのです。
確かに丸餅が入っているタイプであれば丸餅だけ買ってくきて中に入れておけば同じです。
とうとうサトウの鏡餅まで使いまわしになってしまいました。
それでもまだまだ我が家では鏡餅が廃れることはなさそうです。

それにしても世の中、形式だけで済ませたり簡便な代用品で済ませたりということが多くなってきました。
費用や手間の問題、行事ごとを大事にする若者の減少などがあるのでしょう。
今年は伯父が亡くなったのですが、15年前に亡くなった祖父の葬儀と比べてかなり簡略化されていました。
祖父が亡くなったときは葬儀を仕切る父親の世代がまだまだ若かったからでしょう。
初七日を葬儀の日に行うなんて昔は有り得ませんでした。
まあそれでも私からするとあまりにも盛大でしたが。
結局盛大にするということはお金がかかるのです。
今回の伯父の葬儀で私の家では100万ぐらい使っています。
弟と妹は香典を10万包んだみたいですが、私はまだ家長ではないということで逃れました。
資産を持っているのはあくまで親の世代で私の世代ではそんなに資産を持っているわけがありません。
ということで現在いとこ同士ではもっと簡略化をはかろうと計画しています。

行事ごとなんてますます形式化していくのだからそんなものは廃止してしまえばいいと私は思っています。
私は妹に直葬してくれと頼んでいるし、おせちも鏡餅もいりません。
そもそもお正月も別に入りません。
しかし形式化するということは費用や手間がかからなくなっということであり、これからも残っていきやすくなるということでもあります。
そしてそういうものでも楽しめるならそれはそれで良いことなのでしょう。
結局こういうものは人の交流のためにあるのですから。
私ももし子供がいたらサトウの鏡餅を子供と一緒に作り楽しい時間を過ごすのでしょう。
そういう意味でサトウの鏡餅は日本の行事ごとを残すということに立派に貢献しているのだと思います。

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[ 2013/12/14 10:46 ] 雑感 | TB(0) | CM(0)

サンクコスト

経済学などでよく使われる言葉にサンクコスト(埋没費用)というものがあります。
ある時点までに費やした時間や費用などの回収できないものを言います。

例えばダムの建設で1000億円使っており、後100億かけると完成するとします。
この時建設を続行するかどうかの判断は過去に費やした1000億円は無視しなければなりません。
完成させることで100億以上の価値を産み出せるかどうかで判断します。
しかし実際の政策判断では回収不可能な1000億に判断が左右されがちです。
様々な利権もあるのでしょうが、1000億使ってしまった事業を停止すること自体の責任が問われることも大きいからです。

私はいったん本を読み始めるとどれだけつまらなくても最後まで読み続けます。
その本を買ったり、わざわざ借りてきたという事実がせっかくだから最後まで読まなければと思ってしまうのです。
映画やドラマもそうです。
せっかく時間を費やしてここまで見たのだからと思い、つまならいなあと思いながら最後まで見てしまいます。
これもサンクコストにとらわれているということです。
もっと深読みをすると、つまらない時間を過ごしつつも、他のもっと面白そうな本に移ることができない非合理的な自分が好きだったりすると思いつつ時間を過ごしているという部分もあり、それ自体が面白い本を読むよりも楽しい時間でもあったり…。

私が一番のサンクコストだと思うのは海外へ行った時の美術館、博物館、遺跡巡りです。
はっきり言って普段の私は美術などに全く興味がありません。
せいぜい「美の巨人達」をたまに見ているだけです。
背後にあるストーリーなどは興味を感じられますが、美術そのものについてはさっぱりわかりません。

しかし、海外に行くと美術館などに行ったというアリバイ作りのために訪れてしまいます。
それだけでなく隅から隅まで見てしまうのです。
その国を代表する美術館や博物館はとてつもなく広いので丸1日はかかります。
見てもよくわからないものを1日かけて見て回ることほど辛い作業はありません。
本当にへとへとになります。

こういう時ツアーは羨ましいです。
有名どころだけしかみないので長くても2時間ぐらいではないでしょうか。
私はオープンから下手するとクローズまで9時間ぐらいいることもあります。
日本からこんなところまで何やってんだと自問してしまいます。
飛行機に乗ってここまで来たし、同じ入場料を払ったのだったら全部見なければと思ってしまうのです。
外のカフェでゆっくりしているほうがどれだけ充実した時間を過ごせることか。
そして得られるものといえば、全部回ったという自己満足のみです。
訪れたというネタ話だけであれば有名な絵だけを見ればよいものなのに。

遺跡もそうです。
例えばアンコールワットはツアーであれば2日か3日だと思います。
それもかなり余裕をもってまわります。
しかし私の場合はせっかくだからと言って1週間以上をかけてすべてを見て回ってしまいました。
はっきり言ってそれほど興味もないので飽きてしまい、3日目ぐらいから義務感だけで仕事のように回っていました。

私の友人のバックパッカーは世界中を回っているのに一度も遺跡や美術館に入ったことがありません。
興味ないから訪れないと彼は言います。
ただひたすら町を歩いて、その辺の人と話をしているだけです。
私も彼のように自分の興味だけに従って行動できるようになりたいものです。

ちなみにロンドンのナショナルギャラリー版の「岩窟の聖母」だけは感動しました。
あとは「ゲルニカ」はあれほど大きい絵とは思っていなかったので、その迫力に圧倒されました。
他は教科書などで見た絵を実物で見るという作業をしていただけのように思えます。

私の友人に医学部の4年の時にいきなりコンピュータにはまってしまい大学を中退してソフトウェア会社に就職してしまった人がいます。
当然親や先生は大反対したそうです。
受験勉強して医学部に合格してさらにそこから4年間勉強してきたわけです。
その時の彼の決断には私もびっくりしましたし、よくそれまでの努力を無にすることができるなあと思ったものです。

人はすぐにせっかく頑張ってきたのにとか、費用や時間を費やしたのになどと考えがちです。
せっかく30年以上頑張ってきたのだから定年まで仕事を頑張るという発想もそうではないでしょうか。
サンクコストはあくまで過去のことであり現在とは全く関係がありません。
しかし現在と予想される未来だけを判断基準にすることがいかに難しいことか。
将来を約束された医者の道ではなく、自分が好きになったコンピュータ業界に転身する彼の決断力は大したものです。
ちなみに彼はそのあとアメリカと日本のベンチャーキャピタルから出資を受けて会社を創業し、現在は100名ぐらいの会社を経営しています。

私も40歳になったのだからそろそろ過去なんかにとらわれないで迷わずに決断していく人生を送りたいと思います。
でも考えてみるとリタイアするとそもそも何も頑張ることがないので、サンクコストなぞ発生しなさそうです。
大きな決断をする機会もなさそうです。
せいぜい面白くない本や映画は途中でやめるということぐらいでしょうか。
他には投資の時の心構えですね。
私の積み上がった塩漬け株をどうするか…。

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[ 2013/12/07 16:30 ] 人生 | TB(0) | CM(2)
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