人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。
月別アーカイブ  [ 2013年11月 ] 

最近レストランなどでの食品やメニューの偽装に関するニュースが続いています。
隠しておくよりは多数の会社に紛れることができるうちにカミングアウトしておくのが得策と考えているのでしょう。
牛肉偽装のとき以来の大騒動ですが、今回はブランドを大切にするはずのホテルや百貨店での偽装であることが大きな違いです。

嘘をつく意図はいろいろとあります。
言い訳、見栄、社交辞令、詐欺などがあるでしょうか。

しかし私が面白いと思うのは嘘をつく側と嘘をつかれる側との嘘についての認識です。
通常は相手を騙そうとして嘘をつきますが、相手も嘘だと認識することを前提につく嘘もあります。
ある種のもたれあいであったり、落としどころの結果嘘をつくことが多いです。
しかし嘘であることを公表したとたんにそれまでの暗黙の了解はなかったことになり、謝罪する側と非難する側の分断が起こってしまうわけです。
もちろん謝罪と非難もある種の芝居になることも多いです。
芝居すること自体が目的であることがあるからです。
安定した社会での権力と反権力の馴れ合いはよくあることです。

外国産牛肉を国産と偽ったり、魚沼産でないのにコシヒカリを魚沼産と偽る場合は消費者も嘘であることを認識しており、そのことを店も前提としていることが多いでしょう。
しかしホテルや百貨店の場合はブランドで売っており、さらには値段も本物と同じであることが多いでしょうから消費者をだましているケースが多いでしょう。

小泉政権のときに100年安心とうたわれた年金改革がありました。
これは嘘というとニュアンスが異なりますが、有り得ないような前提で作った計画で嘘といってもいいものでした。
実際どれだけの人が信じたのか疑問です。
それでも何となく嘘であることを皆が知りつつも受け入れてきたわけです。
一部の学者などは嘘だといい続けていますが、そんなことは国民もわかっています。
だからこそ年金の減額や支給年齢の引き上げを前提として生活を設計しているのです。

原発の安全神話もそうです。
100%安全なんて有り得なくてリスクのコントロールをどうするかしかありません。
しかしながら反対派、あるいは原発がある地域の住民などは不可能とわかっていながら100%安全だという言葉を欲します。
そうすると原発推進側は100%安全というしかなくなり、大抵の人も一応はその言葉を受け入れます。
このような不合理な言葉がまかり通るのは不思議なことですが、誰も真実だとは思っておらず一種の社会儀式のように望ましい言葉を表に出しておくのです。
まるで言霊のようです。

しかし嘘はいつかは暴かれます。
そして大抵の場合は嘘に縛られて適切な処理を行ってこなかったことのツケを背負わされることになります。
嘘をついた側を嘘をつかれた側は非難することになりますが、嘘を嘘と知りながら受け入れた側にも責任はあるわけです。
さらには嘘を素直に信じていた人も出てきます。
このようなちょっと困ったちゃんは大きな勢力であり、なんでこの程度のことを信じるやつがいるんだと嘘をついた側は驚くことになります。


さて現在日銀は2年以内にインフレ率が2%になるという見通しを変えていません。
ですが多くのエコノミストは2%のインフレ率の達成は極めて難しいという意見です。
では日銀は本当に2%になることを信じているのでしょうか。
そんなことはないでしょう。
どれだけ経済現象が複雑であってもある程度の予測をすることは可能でその論理的な筋道というものがあります。
それにも拘わらず2%は達成できると自分でも信じていないだろうことを堂々と述べています。

何故でしょうか。
現在のところ気合がきいていて経済指標が良いですが、実態としてはそれほど需要が伸びていません。
せいぜい株高による資産効果や復興需要などでの人手不足がみられる程度です。
そうするとインフレ率についても思い込みで何とかするしかありません。
日銀が2年以内に2%を達成できる宣言をし、社会も一応それを信じたふりをすることによって期待インフレ率を高めようとするのです。
逆に日銀が嘘をつかなかったらそれに合わせて期待インフレ率も下がる可能性があります。
気合という根拠のないものを持続させるためには嘘をつかざるを得ないのです。
しかし力をともわない限りは嘘をつき続けることはできません。
政治的な事柄であれば権力により事実を隠ぺいし続けることが可能なこともありますが、経済に関してはそれは難しいです。
限界まで来ている金融緩和では経済に対して力を持ちえないでしょう。
そうするといつか社会は信じたふりが難しくなり本当は嘘だということを意識し始めてしまいます。
何らかのきっかけで嘘は前面に出てきます。
その時にはルールが変わり新しい世界が現れることになるのです。
さてここまで来てしまった金融緩和策はどのようになるのでしょうか。

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[ 2013/11/09 21:11 ] 社会 | TB(0) | CM(5)

人生をやり直す

私がyoutubeで聞いているブルーハーツの曲で次のような文言が画面に流れるものがあります。

10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。
今やり直せよ。未来を。
10年後か、20年後か、50年後から戻ってきたんだよ今。


よい言葉です。
人生はいつでも未来から戻ってきたと思ってやり直せばよいのです。

ですが私は人生をやり直したいとは思いません。
人生の分岐点では大きく間違った選択はしていない思っていますし、何よりリタイアの準備が完了しつつあるのにもう一度リタイアの準備をする気力はありません。

小学校や中学校、高校ではリタイアどころか、社会に出るための訓練として家庭と学校という不自由で窮屈で絶対的な権威が存在する生活を送らなければなりません。
会社のように辞めるわけにはいかないし、学校というところは社会よりも濃密な人間関係が存在しているし逃げ場のない世界です。
あんな不自由な生活はもうしたくありません。

大学は自由な生活と言えるでしょう。
何をしようと誰に文句を言われるわけでなく、長期の休みもあり旅に出ることもできます。
しかしそれもつかの間の自由で社会に出るまでの間だけです。
親に面倒見てもらっているのですから永遠に大学にいるわけにもいきません。
自由気ままな生活から一転していつ終わるともしれない不自由な生活が待っていますし、社会に出てそのような生活に耐えられるかという不安がかなりありました。
たった4年間の自由な生活の後に来る永遠ともいえる不自由な時間を考えると大学生に戻りたいとは思いません。

社会人になったころは毎日朝早く起きて会社に行かなければならないし、仕事を覚えないといけないし、いきなり様々な世代の人と付き合うようになるしで大変でした。
関西で仕事していたせいか、会社の付き合いも結構濃密でしんどかったです。
転職という逃げ道はもちろんありますが、リタイアなんて思いつきもしなかったころでこの生活があと何十年続くのかと思っていたものです。
このしんどい時期に戻りたいなんて全く思いません。

30歳のころは東京で仕事をしていてサラリーマン人生の中では脂の乗っている時期でした。
そこそこ充実はしていましたが、この頃まで使いたいだけお金を使っていたので貯金はまだ150万円ほどでした。
そこからリタイアまでに数千万貯めなければいけないと思うとぞっとします。
それを考えるとやっぱり戻りたくないです。

30代半ばになると仕事に飽き飽きしてリタイア準備を始めたころです。
そこから1年たつごとに毎日会社に行くのが嫌になってきて、今では去年に戻るのでさえ嫌です。
あとはリタイアを目指して前進あるのみです。
そしてリタイアを達成すれば自由気ままな生活を楽しみつつ、健康と資産の維持には気を付けてできるだけ長く人生を楽しめるようにしたいと思っています。

ですので今が一番楽しくもう人生の戻りたいときはありません。
選択が間違っていたことがあるとすれば20代からリタイアを意識してきちんと資産形成をしておけばよかったということだけです。
そうすれば今頃とっくにリタイアできていたはずなのに…。

人生をやり直したいと思うことなんて意味のないことです。
過去なんて考える暇があったら今どのように生きたいのかを考えるべきです。
なので冒頭にあげた言葉はいい言葉だと思います。
だらだら生きるのが目標という人間がいうべきことでもないような気はしますが。

ですがやはり身体的には若さを取り戻したいものです。
最近どうも老眼が始まりつつあるのではないかと感じているのです。

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[ 2013/11/03 22:53 ] 人生 | TB(0) | CM(8)
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