人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

行ってみたい海外旅行先ランキング

よく旅行会社などが行ってみたい、あるいは行ってよかった海外旅行先のランキングを発表しています。
最近は国や都市というよりは世界遺産で考えることが多いですね。

私も高校生の頃は色んな国に行きたかったものです。
世界一周もいつかしたいと思っていました。

高校生の頃行ってみたかった海外を思い出してみると、

ピラミッド、ルクソール、サハラ砂漠(エジプト)
ペトラ、ワディラム、死海(ヨルダン)
フェズ(モロッコ)
アテネ(ギリシャ)
ルーブル美術館、モンサンミシェル(フランス)
ロンドン(イギリス)
トレド、アルハンブラ、コルドバ、ガウディ(スペイン)
ローマ、ヴェネチア、フィレンツェ(イタリア)
タージマハル、エローラ、ガンジス川(インド)
エベレスト(ネパール)
ブルーモスク、カッパドキア、パムッカレ(トルコ)
ダマスカス、パルミラ(シリア)
アンコールワット(カンボジア)
アユタヤ、バンコク(タイ)
万里の長城、紫禁城、西安の城壁、桂林、香港、マカオのカジノ、ポタラ宮、カイラス山(中国)
モンゴルの草原
アラスカ、イエローストーン、グランドキャニオン、ラスベガス(アメリカ)
マチュピチュ(ペルー)
ウユニ湖(ボリビア)
イグアス、アマゾン(ブラジル)
ケニアの国立公園
南極

ちょっと思い出しただけでもたくさんあります。
日本人の行きたいところと大体同じだと思います。
あんまりいないだろうなというのはチベット西部の聖山カイラスでしょうか。
一度計画したのですがチベットの情勢が急に悪くなり断念したことがあります。

この中で実際に訪れたのは8割ぐらいでしょうか。
では実際に行ってみてどうだったでしょうか。
正直、ほとんどは別に行かなくて良かったかなと思っています。

特に遺跡は実物は結構がっかりすることが多いと思います。
テレビなどではいいアングルできれいに撮るので実際以上に魅力的に見えます。
自然の場合は360度のパノラマがテレビ以上の迫力なので感動することが多いと思います。
でもどっちにしろ行ってみたところでテレビの映像と一緒です。
将来はわざわざ行かなくてもバーチャル空間で旅行することができるでしょう。

両親がピラミッドには死ぬ前に行ってみたいとよく言います。
私は「石積んでるだけやで」といつも答えています。
そのあとに「あんたは何ヶ月もかけて色んな国に行っといて、海外に行けることのありがたみがわかってへん」と言われます。
私はどうも人に比べて感動するという神経回路の伝達物質が少ないのかもしれません。

世界遺産のような感動を求めるのではなくリラックスを求める旅行をする人もいます。
街の雰囲気や日本とは異なる時間の流れを楽しむ人はその国の居心地のよさを楽しみます。
リゾート地やアジアが好きな人はこのようなタイプが多いでしょう。
好きなアクティビティがあるという人も多いです。
トレッキング、ダイビングやカジノ、タイなどの女遊びなどでしょうか。
もちろん日本で生き辛さを感じる人が同類を求めてというのもあります。

昔の旅行家は知識なしに未知の場所を訪れていたので感動はすごかっただろうなと思います。
私のように毎回「まあ、想像どおり、写真どおりやな」と冷めてはいなかったでしょう。
幸か不幸か今ではテレビやネットなどのメディアで情報が駆け回っています。
鳥肌の立つような感動もない代わりにわざわざエネルギーとお金を使って出かける必要もありません。

万里の長城は城壁が遠くまで続いているけど、長いだけで城壁自体はたいしたことない。
タージマハルはまあ綺麗やけど写真と一緒やし、3000円も入場料はらうんやったら安宿の屋上からのタージマハルで十分やわ。
ピラミッドって大きな石積んであるだけやんな。
アブシンベル、でかけりゃいいっともんとちゃうねん。
アルハンブラってどうも美的センスがない宮殿やなあ。
ヨーロッパのカテドラルってほんまにどこもかしこも一緒やな。

どうしようもない感想ばっかりだった私ですが、感動したところもあります。
エベレスト、サハラ砂漠は死ぬまでに行っておいて良かったと思っています。
一生に一度は自分の目で雪山の絶景を味わって起きたいものですが、私の場合はどうせなら世界一の山ということでエベレストでした。
サハラ砂漠は地球の乗っかっている感が味わえます。
シーンとした砂漠の上で流れ星を見ながら毛布に包まって寝るのは楽しいです。
思わず一緒に車をチャーターした日本人と人生について語り合ってしまいました。
エジプトのサハラ砂漠は黒砂漠と白砂漠があり、砂砂漠以外の変わった景色も楽しめます。

・エベレストの6000mぐらいのところ
P1010084.jpg

・黒砂漠、小さな黒石が敷き詰められている
Scan10018.jpg

・白砂漠、変わった形の石灰岩がいちめんにある
Scan10035.jpg


死ぬまでに行っておいたほうがいいとまでは思わないけど、行く価値があると思ったのはペトラ+ワディラム、アンコールワット、ガウディの建築でしょうか。

・ペトラ、この場所にたどり着くまでに峡谷を1キロほど歩くのですが、これでテンションが上がっていきたどりつた時に感動がマックスになる仕掛けです。いきなりここにたどり着くと感動も半減だったと思います。
jor10031.jpg

・ワディラムの奇岩の橋、ペトラの近くのにあるオレンジ色の砂漠でこのような奇岩がたくさんあり、別の星に来た気分が味わえる
jor10004.jpg

・アンコールワット、近いし行ってみて損はないと思うが近年観光客が激増しているし日本人ツアーだらけでうんざりするかも。
P1030453.jpg

・ガウディのカサ・バトリョ、サグラダ・ファミリアの次に人気、ガウディにそれほど興味がない場合は行かなくても写真で十分だと思う
spain0087.jpg


今週はちょっくら香港とマカオに行ってきます。
もう感動系を見たいと思わない私はひたすらだらだらしながらアジアのぬるさを味わってきます。
それにしても年々近場しか訪れなくなっています。
バンコクですら遠く感じます。
イグアスとウユニ湖はまだ行ってみたいと思っているのですが、だるくて南米まではいけそうにないです。

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[ 2013/08/11 13:11 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(4)

宗教セミナーに誘われる男

このブログをはじめてからブログ経由のメールで宗教セミナーのお誘いメールが二回来ました。
人生の意味を一緒に考えてみませんかのようなセミナーです。
たぶんスパムのではないと思うので、ブログの内容を見てメールしてきたのだと思います。

ブログの中では、人生なんて目的もなくただの暇つぶしだの、いつ死んでももう悔いはないだのと書いているので人生に悩んでいると思われているのでしょうか。
私の悩みはリタイアの時期だけでそれ以外はまったく悩むことがないのですが。

実は言うと私はこれまで何度か宗教からのお誘いを受けています。
街中での宗教関係の声かけや家に訪ねてくる宗教団体の話を熱心に聞いてしまうからだと思います。
一度は宗教団体が何度も家を訪ねてくるので母親に叱られたこともあります。
進化論の考え方について何度も議論して盛り上がってしまったのです。

私の一番興味のあることは哲学と宗教学です。
私の興味の対象の中では3割ぐらいは占めていると思います。
主に実在・唯名論、時間論、知覚、構造主義、運命論、科学哲学、中世の神学などに興味があります。
しかし、死はあるのか、自分にとって神とは何かなどとも考えています。
そういう意味では宗教関係のターゲットになりやすいのかもしれません。

けれども私自身には宗教は存在意義を全く持ちません。
この世からあらゆる宗教や宗教的慣習がなくなっても何も私に影響を及ぼすことはありません。
もちろん社会的な意義は認めますし、否定もしません。
それどころか宗教という非常に興味深い現象を学問として探求するのは楽しいです。
正確には私が探求するのではなく、賢い人が探求したものを楽しんでいるだけですが。

信仰を持っている人は私にはとても不思議な存在です。
日本では信仰を持つ親の元に生まれない限りは宗教的な教育はされることはありません。
それなのに何故信仰を持つようになるのでしょうか。
特に一神教という超越した神を信じることができるというのは全く私には理解できません。
昔の友人に自らイスラムを選択した日本人ムスリムがいましたが、彼は非常に興味深い研究対象でした。

なので宗教関係の人から声を掛けられるといつも色んな質問をしてしまいます。
学生か働いているのか、どういうきっかけで入信したのか、家族は信仰についてどう思っているのか。
創造説と進化論など信仰と科学の矛盾をどう解消しているのか。
天国はどういうところとしているのか、果たしてそこは幸せになれるところなのかなど。

そこからこいつは脈があると思われるのでしょう。
あるいは熱心に話を聞いてくれることが嬉しいのでしょうか。
家に何度も訪問されたり、セミナーで人生について考えて見ないかと誘われるのです。
さすがにセミナーへ行くのはちょっと怖いので行ったことがありません。

もしかすると私は人生に悩んでいると思われることが多いのかもしれません。
実際に私を不幸だと思っている人は多いのです。
同級生や祖父母など色んな人にかわいそうだと思われています。
そういう人はこのような図式になります。

結婚していない → 将来一人ぼっちでかわいそう
子供がいない → 人生最大の楽しみを知らず、高齢になったときに面倒を見てくれる人がいない
友人が少ない  → 寂しい人生を送っている
転職を繰り返している → 不安定な人生を送っている
彼女がいない → リア充でなくてかわいそう
人生に目的を見出せない → 意味のない人生を送っている
チャンスがあったのにエリート人生を歩めていない → 人生の負け組み

一方で私の人生をうらやましがる人も意外といます。
このような図式になります。

結婚していない → 嫁との不毛な日々に煩わされず自由に生きられる
子供がいない → 人生最大の責任を負うことなく、高齢になってまでも頼られることがない
友人が少ない  → 余計な付き合いに疲れることがない
転職を繰り返している → 色んな会社を経験できているので世界が広がっている
彼女がいない → しばられることに疲れないし、好きなように遊べる
人生に目的を見出せない → 目的に疲弊してしまう人生を歩まなくてすむ
チャンスがあったのにエリート人生を歩めていない → 少しのプライドやお金と引き換えに優秀な人間との競争や長時間労働で疲弊せずにすむ

本人は何も考えずに気ままに生きているだけでも、かわいそうに見えることもあれば楽しそうに見えることがあります。
他人の人生に自分の価値判断を加えることなんて意味のないことです。
ましてや他人の人生を不幸と判定して、救ってあげなければなければならないと考えることは私には他者に依存した生き方だと思います。
他者に依存した生き方が悪いとまでは言いませんが、それは他者を自分の制御下に置こうとする発想ではないでしょうか。

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[ 2013/08/03 14:55 ] 雑感 | TB(0) | CM(4)
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