人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

1日に1つの仕事しかしたくない

バックパッカー界の有名人に蔵前仁一という人がいるのですが、彼の著作「ホテルアジアの眠れない夜」に一日一事というエッセイがあります。

バックパッカーであれば誰もが覚えがあると思うのですが、1日に1つの仕事、例えば洗濯をするとか、手紙を書くとか、遺跡を一つ見に行くとかするとその日の仕事は終了したと思ってしまいます。
よく頑張ったのであとは寝るまでだらだらしようという感覚です。
たった一つの仕事なのに何だかやりきった感があるのです。

このエッセイを読んだときは深く共感するとともに人生の座右の銘にしようと思ったものです。
けれども大学卒業後の人生は忙しいサラリーマンを演じてきました。
夏休みや転職の合間に旅に出ることによってこのだらだらとした感覚を少し味わっては再び仕事へと帰っていました。

しかし今ではリタイアが現実味を帯びてきており、一日一事が座右の銘だといえるようになるのはあと少しです。
リタイア後は掃除、洗濯、買物や病院など1日に1つしか仕事をしないと決めています。
自炊は毎日せざるを得ないのでこれは除いてですが。

最近海外へ行きたい願望が急激に減っているのはこの一日一事が日本で達成できそうになったというのが理由の一つだと思います。
以前は日本から強制的に切り離してやっとそのようなだらだらした気持ちを楽しめていましたが、日本で一日一事そのものの生活ができるのであればわざわざ海外へ行く必要もありません。
日本での社会の目や雰囲気がどうのこうのという人もいるようですが、私は社会の目など気にしたことがないので関係ないです。
今年も中国への返還前に訪れて以来となる香港に数日訪れるぐらいで海外旅行は終了となりそうです。

自分らしく生きるとか、夢を持つとか、社会や家族に責任を持つとか、キャリアを形成していくとか、あるいは充実した趣味を持つとか、めんどくさいことを考えている人が多いです。
それが楽しければ全く問題ないと思いますが、それを楽しめる人が社会の大多数とも思えません。
私は何かを成し遂げるために生まれてきたわけでもないし、子孫を残すという生物的な本能でさえとうの昔に捨て去っています。

私はたまたま生まれてきたのでとりあえず暇つぶしをしながら生きています。
特に何をするわけでもなく、ボーっと生きられればそれで幸せです。
ちからを抜いてゆるく生きられる日本に生まれてきたことはやはり両親に感謝です。

人間関係を捨ててみる、消費生活を捨ててみる、仕事を捨ててみる、プライドを捨ててみる。
必要でないものをきちんと見定めて捨てていけばよいのです。
捨てれば捨てるほど人は自由になれます。

いろんなものを捨てきったときにこの日本でも一日一事で生活できるようになるのだと思います。
もしかすると日本こそ一日一事を実践しやすい国なのかもしれません。
いざとなると仕事がいくらでもあり、低コストでの生活がしやすい国なのですから。

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[ 2013/07/21 11:54 ] 人生 | TB(0) | CM(2)

故郷がどんどん変わっていく

私にとって故郷は大阪となります。
祖父の家は大阪のどいなかですが、私の実家はそこから少し離れた新興住宅地です。

新興住宅地で生まれ育った私には故郷という感覚が全くありません。
好きだとも嫌いだとも思いませんし、特に思い出すこともありません。
友人達は懐かしいという感覚がありますが、それぐらいです。
衰退しようが栄えようが何とも思いません。
もちろん帰りたいという気持ちもありません。
私にとってその時々に一番住みやすいと思うところで住むだけです。

年2回ほどしか帰省しないのでたまに環境の変化に驚きます。
思い入れがないので変化したところで何とも思わないのですが、やはり変わっていくなあとは感じています。
近所の駅前の再開発が行われておしゃれなショッピングモールができたり、奥のほうにあった山が切り開かれて住宅地に変貌していたり。
この前帰省してびっくりしたのは近所にもんじゃ焼きの店ができていたことです。
大阪でもんじゃ焼きって。
つけ麺を出す店も今ではかなりあります。
もんじゃ焼きの存在は大阪にいた頃から知っていましたが、初めて食べたのは東京に出てきてからです。
つけ麺は存在すら知らなかったので、初めて見たときはびっくりしました。
ちなみにところてんが関西以外では黒蜜ではなく酢醤油であると知ったときはかなりの衝撃を受けたことを思い出します。
知らずに食べて吐き出して以来、食べていません。

姪っ子がマクドナルドのことをマックと呼ぶのを聞いてびっくりしたこともあります。
おそらく私の世代では大阪人がマックっと呼ぶと気持ち悪いし、裏切り者と言うでしょう。
私も関西弁がかなりおかしくなっていますが、まだマクドと言います。
妹によると最近は大阪でもマックと言うことが多いそうで、おそらくテレビの影響だろうと言っていました。

東京は貪欲に地方料理などの文化を取り入れていきます。
日本の第一の都市であることは自明なので伝統を守る必要はなく、外部のものをさらに取り入れて進化あるのみなのでしょう。
名古屋方式の喫茶店や讃岐うどん、お好み焼きやたこ焼きなどは今では東京のどこにでも見られます。
たこ焼きは銀だこぐらいしか見かけないような気もしますが。

最近東京で目に付くのは串かつ屋さんでしょうか。
大阪名物と銘打った店が増えているように思います。
それにしても串かつなんてあげるだけなので全国どこでもそんなに変わらないように思えるのですが。
大阪のスタイルであるウスターソースに付けるというものは確かに大阪伝統なのかもしれません。
声高らかに「二度づけ禁止」と看板にあるのをみると少々いらっとします。
そんな当たり前のマナーでも大阪人は守ることができないというがさつなイメージで逆にそれを宣伝文句に使われているように思ってしまうんですよね。
実際、大阪の串かつ屋は新世界あたりに多く日雇い労働者がカウンターで食べるというイメージがあります。
そういうところなので二度づけ禁止と掲示しなければならなかったのかもしれません。
東京では大阪式の串かつ屋以外はどちらかというと値段の高い店が多いように思います。

文化的には排他的といわれて独自性を守ってきた大阪ですが、経済力の低下や文化的発信力の弱体化から遠い将来には東京化していくのかなあと思います。
いわゆる大阪のおばちゃんも私の世代では出現しないように思えます。
私が小さい頃は電車の中で普通に知らないおばちゃんが「あめちゃん」をくれましたが、今ではそんなことはあまりないでしょう。

それにしても私は根無し草だなあと思います。
住むところには物理的な安全や住みやすさのみを求めており、情緒的なものを一切求めません。
最近ますます自己完結的な人間になっており、外部への情緒的な結びつきを全く必要としなくなっているように思えます。
都会の便利さを維持できるなら山小屋暮らしをしてみたいのですが。

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[ 2013/07/15 12:22 ] 雑感 | TB(0) | CM(8)
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