人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

シリア

シリアの内戦での死者が10万人を超えたそうです。
一体いつ収束するのかも分かりません。
もし政権側が敗北すると人口の1割程度でしかないアラウィー派による支配体制が崩れ、アラウィー派が今度は弱い立場に立たされます。
アサド一族の亡命などで済む問題ではなくアラウィー派全体の問題ともなるため、彼らに敗北はありえないのかもしれません。

現代社会でも戦争が起こるのは悲しい現実です。
戦争は大多数の地道に真面目に生きている人に多大な犠牲を強いることになります。
少しずつ戦争が起こらないような世界になってきてはいますが、戦争のない世界が来るのはまだ先のことなのかもしれません。

日本が先の大戦の敗戦経験から戦争嫌いになったことは素晴らしいことだと思います。
これは負けたからこそです。
勝ったはずのアメリカは簡単に戦争するような国のままで、中国はチベットを侵略してウイグル系の人々にも弾圧を容赦なく加えています。
少なくとも現在の日本はアメリカや中国と違い平和を愛する国だと世界に誇っても良いでしょう。
それにも関わらず相変わらず尖閣だの何だのと煽りたがる人はいます。
隣国との関係が緊張して得をするのは政治家やメディアと右翼、左翼だけであり、大部分の自国と隣国の国民は不利益を受けるだけです。

それにしても70年も前の戦争をネタにするレベルの低さはどうにかならないでしょうか。
日本でも中国でも韓国でも外交というよりは主に国内政治のためにいまだに過去の戦争を利用します。
過去の戦争ネタを自身の利益追求のために持ち出すのは過去の犠牲者への侮辱でしかないように思えるのですが。
日本共産党のように自分たちは先の大戦で唯一戦争に反対した政党だったという意味不明の自慢は笑ってすみますが。

今問題にすべきは現在進行形の悲惨な問題だと思います。
シリアやチベットやアフガニスタンなどいくらでも生活を脅かされている人たちがいるのですから。


学生時代にシリアに興味を持ったことがあって色々と本を読み、実際に1ヶ月かけてシリアを回りました。
当時はエジプトなどと違ってそれほどは観光地化されておらず、みんな親切な人ばかりでした。
もちろんダマスカスやパルミラなどはすれたうっとおしいやつもたくさんいましたが。
田舎で道を聞くと誰かしら目的地まで連れて行ってくれますし、山道をてくてく歩いているとトラクターに乗っけてくれたり、回送中のバスに乗っけてもらったりとなんだかんだと世話を焼いてくれました。
ご馳走になることも度々で、3食全ておごってもらったり家でご馳走になることもよくありました。
大学の寮で学生たちに歓待を受けたことも楽しい思い出です。
あれほど気のいい人たちが今苦労していると思うと何とも言えない気分です。


シリアで見所となるところはそれほど多いわけではありません。
有名なのはダマスカスのスークとウマイヤドモスク、ローマ時代のパルミラ遺跡とボスラのローマ劇場、十字軍時代の城であるクラック・デ・シュバリエとサラディン城、アレッポ城とスーク、ハマの巨大水車などでしょうか。
どれも行く価値はあると思いますが、例えばお隣のヨルダンのペトラなどと比較すると小粒な感じは否めません。
現在の内戦でこれらの遺跡がかなりの被害を受けているそうです。

シリアの食べ物は日本人にとってははずれが多いように思いました。
しかし当たりもそこそこあったので目に付くものを片っ端から食べてみました。
ローストチキンはどの町でも食べられて日本のチキンよりかなりおいしいのでおすすめです。
ケンタッキーのツイスターみたいなシュワルマもおいしいです。
薄いパンで羊の肉、野菜などを挟んで丸めたものです。
ファラフェル(豆のコロッケ)などが入っているものもあります。
ちなみにケンタッキーで初めてツイスターを食べたときにシュワルマの真似なのかとおもったのですが、どうなのでしょうか。
最近では日本でもトルコバージョンで売っているところが増えています。
お菓子類は基本的に激甘でびっくりすると思います。
その中にも甘さ控えめおいしいお菓子もあるのですが、見た目では甘さが分からないので甘くないものを教えてもらう必要があります。
アーモンドなどの豆類もよく売られています。
そういえば当時はマクドナルドなどの外資系のチェーンや外国料理屋をほとんど見かけませんでした。
1ヶ月滞在して外国料理を食べたのはピザだけです。
飲み物類はやはり紅茶でしょう。
中東の紅茶は本当においしいです。
ストレートティーに角砂糖を3個入れて甘ったるくするようになればあなたも中東通です。

シリアの安宿はなかなか面白かったです。
部屋の鍵が壊れていると指摘すると平気で問題ないというし、何だか血が相当付いている掛け布団があるし。
70円の激安宿にも泊まりました。
私がこれまでに泊まった中で二番目に安い宿でした。
モスクの裏手にあり朝5時ごろにはアザーンが大音量で流れるので辛かったです。
ちなみに最安値はモロッコの南部で泊まった安宿が20円でした。
あまりの暑さに2時間おきに部屋に水をまいていたのを思い出します。

日本人にはシリアに対してよくないイメージを抱く人もいるでしょう。。
もちろん内戦が起こってくるぐらいなのですから、今は怖い国だと思います。
でも住んでいる人は本当に良い人ばかりでした。
再びシリアが観光できる国に戻ることを願うばかりです。

・ボスラのローマ劇場
かなり大きな劇場で現役だそうです。
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・パルミラ遺跡
虹が出ていたのをパチリ。
かなり広い遺跡
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・クラック・デ・シュヴァリエ
十字軍のお城、丘に聳え立つとても美しい城です。
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・アレッポ城から撮ったスーク
奥にあるのがグレート・モスクでその手前がスーク、今回の戦闘で大半が焼失してしまったそうです。
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・ハマの水車
水車は現在では観光用に維持されているだけですが、紀元前1000年ぐらいからあったそうです。
ハマは今回の内戦でも激しい戦闘が行われていますが、1980年代もスンナ派の抵抗運動で2万人以上が犠牲になっています。
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・ダマスカスのウマイヤドモスク
世界最古といわれるモスクですが、今回の内戦でかなり被害を受けているようです。
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[ 2013/06/30 01:41 ] 海外旅行 | TB(-) | CM(2)

常識と慣習に従って生きる

哲学者は常識を一切取り払って原理的、論理的に考えようとするためにラディカルな考えを持ちます。
しかし一方で哲学者は意外と常識人であったりもします。
少々偏屈で変人だったりするぐらいです。
もちろん無数の例外があるのですけれども。

アリストテレスの「ニコマコス倫理学」を読んだときにきわめて穏当な倫理だなと思ったことがあります。
中庸という考え方は私には面白くとも何ともないように思えました。
デカルトもその社会の慣習に従うべきというようなことを言っています。
頭の中ではどれだけラディカルに考えていても、生活の実践としてはその社会の慣習に従うのが妥当ですし、そうせざるを得ません。
人を殺してはいけないことを原理的に言うのは困難ですが、社会生活上ではそのルールは正しいものとして受け入れて生きていかざるを得ません。

私もその社会で常識と考えられていることや慣習は大抵の場合正しく、かつ従うべきものと考えています。
常識と慣習が確固たるものとして受け入れられていないと社会は安定しないと思うからです。
そして社会を支えているのはそういう大多数の常識をもった人だからです。

例えば大人になると結婚して子供を育てるというのが広く受け入れられている慣習です。
人口の安定は社会の安定に繋がりますし、守るべきを持つことにより人は社会に対してより責任ある行動を取るようになります。
働かざるものは食うべからずというのも大抵の人に受け入れられているでしょう。
誰かが付加価値を生む必要がある以上、この原則がないと社会は安定しません。
働きたいものだけが働けばよいというシステムが確立するのはまだまだ先のことでしょう。
その人の働きに応じてある程度の格差をつけることも認められています。
共産主義がどれだけ悲惨なことになるかを人類は十分に経験しています。

しかし、常識や慣習に反する考えが一方的に排除されるかというとそうでもありません。
どんな時代の社会でも一定程度の包容力があります。
社会が経済的に豊かになったり、思想、言論の自由が認められると異分子も受け入れられます。
現代日本では働かなくていい理由がかなり増えました。
女性の子供を産む産まないの権利も大分認められるようになりました。
個々の生き方の選択の多様性は信じられないくらい広がったように思えます。

若くしてのリタイアは現代日本の常識や慣習には反する生き方です。
家族を持たない人が多いですが、それは安定的な人口の維持に貢献しません。
働かず節約生活のため経済にもあまり貢献しません。
リタイアできるということは本来能力のある人間であるはずで、リタイア以後は社会に貢献しないどころか社会の限られた資源を使う側に回ります。
それでも社会はアーリーリタイアを受け入れてくれます。
自分の食い扶持は自分の責任で何とかするという最低限のルールを守っているからです。

これが親の資産で達成するとしたらどうでしょう。
親の資産は親の意思で使うことができ、子に相続させるというシステムがあるので認められはします。
ただしこれは社会からはより否定的に見られるでしょう。
自分の食い扶持を他者に頼っているからです。
それでも社会の許容範囲を超えてはいません。

生活保護に頼るとなると社会の許容範囲を超えてしまいます。
現在の日本社会では正当な理由がない限りは自分で稼ぐか親などからの私的な援助で食べていかないといけないからです。
その正当な理由の定義はそれほど広くは解釈されません。
もちろん少しずつ定義するところは広くなっていき、遠い将来には理由がなくても働かなくてよくなる可能性が高いです。
逆に働くことが最高の贅沢になることもありえます。

常識や慣習に従う生き方とそれに反する生き方を考えると、従う生き方が正しいと思います。
どんな社会でも正しいとされることがないと成り立ちません。
社会は常識と慣習に従う人たちが支えてくれています。
しかし、自分にとってより良い生き方がそのようなものに従わない生き方だとすれば社会が許す範囲なら従わなくても全く構わないと思います。
それは社会の包容力であって、そのような社会に感謝すべきだと思っています。
また社会に正しさと包容力があるからこそ、正しさへの反発をばねに新しいものが生まれてもきます。

私はアーリーリタイアを数年以内にする予定です。
働くのが面倒だからですが、働くのが常識という社会に対して全く文句を言うつもりはありません。
日本の仕事のあり方が間違っているとか、日本の労働は奴隷と変わらないなどと言うつもりもありません。
なぜならアーリーリタイアという選択肢を社会は許容してくれているのですから。
自分のより楽しく生きたいというわがままであり、そのようなわがままをさせてくれる社会に対して文句があるはずもありません。

日本の会社がブラックであるなら自営業をしたり、起業すればよいだけのこと。
働きたくないならアーリーリタイアを目指して働く期間を圧縮すればよいだけのこと。
異性ではなく同性が好きなら同性と恋愛すればいいだけのこと。
子供が嫌いなら産まなければいいだけのこと。
これらは現代の日本では全て認められています。

社会の許容範囲を超えて常識や慣習に従いたくない場合はどうするか。
一つは日本を捨ててそれを許してくれる社会に移住することです。
日本ほど包容力がある国はなかなかないとは思いますが。
国籍まで捨てるのは難しくても海外で暮らす人はたくさんいます。
経済再生策としてリタイアが許されない社会になったら私も東南アジアに脱出しているでしょう。

もう一つはそのような常識や慣習を変えるような運動を起こすことです。
ただし常識や慣習を変更するようにその他の大多数の人間を説得できるまでは従うべきだと考えています。
もちろん従わないとなると社会から制裁を受けることになりますが。
このとき大事なことは社会が間違っているというのではなくこのようにしたら社会はより良くなるという提案が必要だということです。
違法な活動をしてでも社会を変えたいこともあるでしょうが、ここまで来ると反政府運動や革命運動となり意味が違ってきます。

私は社会の常識や慣習はその時々の状況にあわせて形成されるものであり、大抵の場合はそれが正しいと思っています。
もしそれに対して反対なら自分が間違っているのです。
間違っている自分を貫きたいなら、安全地帯からの文句でなくそれなりの覚悟を持って貫きその結果を受け入れることです。
そうすると社会が自分の正しさを認めることがあるかもしれません。

ただし常識や慣習といってもそれを装う人間もたくさんいます。
ネット住民のようにあまりにも狭い世界でしか暮らしていない人には常識が見えていないこともよくあります。
現在の社会で常識や慣習とされているものをしっかり見抜く能力も大切です。
そうでないと反発する相手が間違っていることもあります。

たまたま私は日本の中流家庭に生まれ経済力と包容力のある社会で生きる幸運を得られました。
世界的に見ても相当上位レベルの幸運を得ながらもさらにわがままに生きようとしています。
社会が私のような生き方を許してくれているのに、常識的に生きる人を馬鹿にしたり悪口を言ったりすることはできません。
それは社会から恩恵をしっかり受けておきながら、その相手に対して逆切れして開き直っているだけのことです。
もちろん常識に従っていないことに対してはしっかりと文句を言ってもよいです。
おそらく現在の日本の問題は大多数が常識と考えているようなことが守られていないことにあると思います。

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[ 2013/06/23 13:09 ] 社会 | TB(-) | CM(4)
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