人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

学力格差

「いい大学へ行っていい会社に入るのが幸せな人生」

このような考え方はもう通用しないとか古いとか言われることがあります。
確かに昔のような高成長時代とは違い大企業が簡単につぶれる時代ですし、大企業の使えないおっさんの給料は確実に下がってきました。

しかし現在でもいい大学へ行き、いい会社へ入ることで幸せな人生を送ることができる確率はかなり高いのが現実でしょう。
逆に身分より能力が重視されるようになってきたことで、いい大学や会社で能力を磨く重要性は増しているかもしれません。
当たり前の話ですが、いい大学やいい会社ではそれだけの能力が身に付き、性格の良い人間と付き合っていくことができます。
能力が高いとそれだけ収入が高いですし、レベルの高い企業はやはりホワイト企業の確率は高いです。
電通やリクルートなどの体育会系企業はありますが、あれはブラックというよりはそういうのが好きな人の集まりでしょう。
また人生においていわゆるドキュンのかたと出会う確率は非常に低いと思います。
傲慢な人間にはよく会いますが、こういう人は対処しやすいです。
私自身、実生活でドキュンなかたに出会ったのはしょぼい会社にいたときだけです。

最近友人から子供が中学、高校に入学したという話をよく聞くのですが、私立の名門校に進学させる人がとても多いです。
小学校から私学に行かせる人もいます。
結局彼らは教育によっていい大学に進学していい人生を送っているという実感があるから教育費にお金をかけようとするのでしょう。

私の両親はそれほど頭がよくはありませんでしたが、私は運よく非常にレベルの高い地域で育ちました。
親の学歴が高かったり、レベルの高い塾も多くあり、私学の中学への進学率も高かったです。
特に私の同級生は優秀な人がいっぱいいました。
私自身はそれほど地頭が良くありませんでしたが、この頃の友人はがみんな頭がよく、読書家が多くてかなり影響されたと思います。
私が小学6年の時の同じクラスは覚えているだけで、東大、東北大学、早稲田、慶応、国立大医学部が1人、京大と神戸大学が2人、大阪大学が3人います。
クラスは60名弱だったと思うので、2割がいわゆる一流大学に進学していることになります。
ちなみに現在どうしているかは全員は知りませんが、医者、大学教授、NTT西日本、NEC、三菱重工、アステラス製薬、外務省のキャリア、そしてアーリーリタイア(私のこと)ということろです。
他にも大阪市立大学や同志社大学などのそこそこの大学にも多数進学しています。
一方同じ町内の隣の中学は出身の友人によるとクラスでなく学年で大阪大学と神戸大学に3人いるだけらしいです。
隣の中学は古くからの集落で自営業や農家が多かったです。

いい高校や大学へ進学するという努力の過程は知識だけでなく計画力や忍耐強さなど社会人として生き抜いていく力を身につける大きな機会です。
だからこそそのような環境は平等に与えられないといけないと思っています。
せめて中学生まではどれだけ貧しくても、どれだけだめな親でも、どれだけダメな地域であってもきちんと教育のための予算を投入するべきだと思っています。
レベルの低い大学や奨学金拡充の予算はこちらに回して中等教育までの底上げに回せば、機会の平等にも資するし、何よりどうしようもない大人を少しでも減らせばそれだけ豊かな国になるはずです。
いつも思うのですが、勉強について行けない子や貧しくて塾に行けない子をフォローするのはそれほど予算がかかりそうにないですし、何とかならないのかと思います。

現代の日本は格差が足りないと思います。
実績と報酬のつり合いが取れればもっと格差は拡大するはずですし、そうしないと社会は発展しないと思います。
けれどこれらは機会の格差がないことが前提です。
これでは平等ではないですし、競争への参加者が少なくなり競争のレベルが低くなってしまいます。
だからこそ教育については格差を解消して底上げをして欲しいです。

投稿を不定期としましたが時間があったので連続で投稿できました。
お薦め本と普通の記事とで月に2回以上の投稿を考えています。
次回は旅行に行くので休みです。

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[ 2017/11/25 20:50 ] 社会 | TB(-) | CM(2)

公正な価格

政府は国民の賃金が低いので賃上げしろと企業を脅したり、最低賃金を決めます。
医療費や薬の価格も政府が決定します。
インフレ率が低いことにも不満を表明します。

国民も税金や社会保険料が高いと文句を言います。
公務員の給料も優遇され過ぎていると文句を言います。
労働組合も春闘で公正な賃金を要求して交渉をします。

政府にしても国民にしても自分が公正と感じる価格が存在していると考えています。
これは市場主義者にしてみればバカげた考えです。
公正な価格なぞ主観的なものにすぎず市場で決まる価格が正しい価格と考えるでしょう。
個々人は納得できる賃金で働くし、納得する価格で財やサービスを購入します。
そこから均衡する価格が決定します。

市場で決まる価格が公正な価格であると市場主義者は考えます。
私もそうです。
市場ではなく政府などが人為的に決める価格のほうが不公正と考えます。
しかし、政府をはじめ世の中の多くの人は主観から感じる価格が公正と考えるようです。
私は単に知識がないからだろうと思っていますが。

価格を人為的に決めると適切に需要と供給のバランスが取れません。
保育園の問題や医療費の問題はその代表的なものでしょう。
ふるさと納税も本質的に似た問題ではないでしょうか。
恣意的な介入は利権の温床にもなりますし、適切な資源配分ができないため経済成長を疎外します。
公正と考える価格を維持するためには無駄な資源も投入することになります。
政府の締め付けがきつい分野ほど生産性が低く、その反面それに関わる人の利得は高いことが多いです。

経済に関する基本的な知識を持つ人であれば人為的な価格を否定すると思います。
残念ながら政府が国家社会主義的な方向に向かい、俺たちに金を寄越せばうまく使ってやるから寄越せと言う発想になっています。
これは国民の大半は基本的な知識を持っていないことと、それにのっかって利得を得ようとする人が多いからでしょう。

けれども考えてみると公正な価格なんて存在しないという考え方は歴史的に言うとごく最近出てきたものです。
多くの国で公正な価格でない契約は無効という法律があったそうです。
これは自由権とも絡みます。
なぜなら価格を決定するのは当事者の自由であり、詐欺などでない限り尊重すべきものだからです。
ある意味で自分の意思決定に自己責任を負わなくてよいということであり、自立した個人とは認められていなかったということにもなります。

歴史が下るとすべての基準や思想は相対的なものであり、絶対的なものや本質への憧れが否定されるようになりました。
絶対的なものは豊かさや平和、自由などと相容れないものだと分かってきたからでしょう。
しかし平成も終わろうとしているにも関わらず、正しいものが絶対的に存在してそれを主観で信じてしまう人がほとんどのように思われます。
だから、デフレ脱却、大企業優遇、格差是正、はたまた人づくり革命などのあほくさいバズワードが次々と生まれてくるのでしょう。

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[ 2017/11/19 16:38 ] 社会 | TB(-) | CM(11)
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