人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

海外旅行と危険

港に停泊している船は安全である。
しかし、船は港に停泊するために造られたわけではない。


私の好きな名言なのですが、いったい誰が言ったのかと調べたところグレース・ホッパーという女性でした。
彼女はかなり凄い人で、アメリカで女性初の数学の博士号を取得して計算機科学者として大きな業績を上げたそうです。
海軍にも勤めて准将にまで昇進し彼女の名を冠した駆逐艦もあるそうです。

海外旅行は当然のことながらある程度の危険を伴います。
日本ほど治安が良く、食べ物やインフラなどの安全が徹底している国はそうはないでしょう。
特に西アジアやアフリカ、南米などは治安が良くないところが多く旅行者狙いの犯罪も多いです。
バスなどの交通事故も多く危険な病気などもあります。

ある程度の危険があってもやはり海外には行く価値があると思います。
登山と一緒で危険があってもそこに魅力的なものがあると人はひきつけられます。
全ては自己責任でリスクを負うことになりますが、そのリスクを承知で海外旅行に出かけるのです。

人がリスクを背負って何らかの失敗をしたときには毎回のように自己責任だと言いたがる人がいます。
港に停泊したままの船にいる人は外界に向けて旅に出た船が羨ましくて仕方がないのでしょう。
海外旅行に限らず、起業でも転職でもアーリーリタイアでもリスクを承知で何かをしてみるというのは素晴らしいことです。
自己責任という言葉は何かの決断があるからこそで、何の決断もできない人は責任を取る自己さえ確立できないのです。

先日ネパールでトレッキング中に天候の悪化で日本人が二人亡くなりました。
私がエベレストをトレッキングした時も高山病でフランス人が亡くなっていました。
日本に帰国して2か月後にはエベレストトレッキングのスタート地点へ飛ぶ飛行機が墜落して日本人大学生が亡くなっています。
また学生時代にエジプトのルクソールの有名な神殿を訪れたのですが、帰国して3か月後にそこを訪れた日本人ツアーの10人ほどがイスラム過激派の銃の乱射により亡くなっていました。
私自身は海外での危険はスペインで浮浪者に囲まれて財布を取られたことと、エベレストトレッキング中に道に迷ったぐらいです。

バックパッカーであれば程度はそれぞれでしょうが、何らかの危険な目にあったことがあると思います。
大抵の人はネタになる程度の危険な目にあうだけですが、少しの運の悪さや自分の不注意で取り返しのつなかないことになることもよくあります。
旅行中に亡くなったり行方不明になったという話は学生時代によく聞きました。
日本の大学や海外の安宿によく行方不明の日本人を探すビラが貼ってあるのも何度か見かけました。

しかし結果から語ったところで意味はありません。
リスクがあってもそこに何かがあると思うなら周りの意見など聞かずに行ってみるべきだと思います。
もちろん無謀はだめできちんと知識を持ち対策を取る必要はあります。
リスクを背負うから得られることはたくさんあり、人がリスクを背負える期間なんてせいぜい80年ほどのことです。
リスクを取ることを恐れてばかりいる人より、リスクを背負って何かをする人が多いほうが世の中は面白いです。
40歳を超えてすっかり年よりじみた私は港に停泊したままの船でよいですが、若い人には外界へと旅立つ船であってほしいものです。

下の画像はエベレストトレッキングのルートです。
端っこを歩いても崩れるんじゃないかとビビりながら歩きました。
日本であれば補修するまでは通行止めでしょう。

P1010268.jpg


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[ 2014/10/25 16:37 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(2)

500円を超えるホテルに泊まったら負けかなと思っている

30代後半ぐらいまでは海外旅行で500円を超えるホテルに泊まったら負けかなと思っていました。
基本は300円程度、少し妥協して500円、体調が悪いなどしょうがない理由がある場合は1000円という目安で旅行していました。
一回の旅の平均で500円を超えるならもうバックパッカーは卒業だし、バックパッカーと名乗ってはならないと思っていました。
実際に数千円以上するホテルには社員旅行と家族旅行以外では泊まったことがありませんでした。

もちろん先進国ではこのルールを守るのは難しく、ヨーロッパでは1500円ぐらいのところに泊まっていました。
しかしアジアや中東あたりでは500円を超えることはまずなかったと思います。
学生時代の旅では平均で300円を切るぐらいでしょうか。
社会人になって金銭的な余裕ができても500円は切っていました。
記憶にある安い宿はシリアの田舎で70円、モロッコのサハラ砂漠の近くのオアシスで15円というのがあります。
モロッコはあまりの暑さでまともに寝れなかった思い出があります。
3時間ごとに部屋に水を撒いてました。

しかし最近の円安やインフレなどで500円以下で泊まることも難しくなりつつあるようです。
バンコクならもう500円以下の宿はドミトリでもかなり少なくなっているのではないでしょうか。
インドやネパール、エジプトあたりではまだありそうですが。

500円を超える宿に泊まるなんて負け組だとさえ思っていた私ですが、ここ数年は普通のホテルに泊まることが増えました。
1万円を超えるホテルでも何とも思わずに泊まっています。
安宿で他のバックパッカーとの交流を特に求めなくなったし、熱いシャワーが出てきれいなベッドで眠りたいと思うようになってしまったのです。
バックパッカーとして私は敗北者です。
金があるんだったら海外で贅沢して何が悪い!

それにしても人はくだらないルールを作ったり、あるいはそれによる序列を作ったりするものです。
海外に行ってまで序列を作りたがるのです。
ツアー旅行より自由旅行のほうが上、自由旅行でも2人以上はだめ。
ホテルに泊まるより、安宿のシングル、さらにはドミトリに泊まるほうが上。
日本人宿より日本人が泊まらない宿に泊まるほうが上。
さらには野宿が最もレベルが高い。
地球の歩き方よりロンリープラネットを持っているほうが上だし、そもそもガイドブックを持ち歩くこと自体が邪道。
短期旅行より1年ぐらいの旅行が上だし、数年に渡る旅行はもっと尊敬される。
訪問国が10か国程度では子供レベルで、自慢できるのは50か国ぐらいからで尊敬されるのは100か国越えした旅行者。

海外に出てしがらみから抜け出ているはずなのにこのような序列ができるのは日本人ぐらいなのでしょうか。
もしそうならやはり日本人は同質性が高いのかもしれません。
同質性が高いということは階級社会でないということです。
海外で多いように階級がはっきりしている社会では序列は当たり前のことなので逆に気にすることではないでしょうから。

旅行に限らず若いころは人とは違うことに価値を置いてきたように思います。
しかし今は他人の存在自体を意識しなくなってきているので、人と比較することが少なくなりました。
人と比較することは私は全く悪いことではないと思います。
人と比較するから頑張れるし、生きる原動力となり前に進めるのだと思います。
しかし私はもう頑張る対象もなく前へ進む必要もなく、ひたすら現状維持を望んでいます。
人と比較する必要もなくなり、人と違う必要もなくなり、もっと言うと他人どころか自分の基準すら存在しないように思えます。
世の中には年を取って価値が固定してしまい自分の価値観で社会を当てはめる人が多くいますが、私には不思議に思えます。
私は今や何事にも価値の基準を置いていた若い頃が懐かしいとさえ思えません。


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[ 2014/08/16 12:52 ] 海外旅行 | TB(0) | CM(3)
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