人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

どんどん社会に興味がなくなっていく

先週は旅行に出かけていましてブログを休みました。
今後旅行にちょくちょく出かけるつもりでブログが休みの週は旅行に出かけているということです。

私は社会ネタをよくブログのネタにしています。
けれど私はほとんど社会のことには興味がありません。
ネタが思いつかないときに書きやすいネタに逃げているだけです。
書いていることは本心ですが、強く何らかの感情を抱いているわけではないです。
私が興味があるのは現在の金融緩和や財政政策の帰結、科学技術の発展がどこまで社会生活を変えるかぐらいです。
格差の問題、原発、憲法改正、現在の社会主義的な政策、政府による賃上げ要求や働き方などの国民生活への干渉、様々な利権に関わる問題など、ほとんど興味がありません。

理由の一つは社会というのは結局個人の情動的なものの集合を反映しているだけのように思えるし、議論がそれほど発展的でないし質が低く知的な刺激を受けないからです。
研究者の研究でさえ、情動に流れているような議論や、根拠が薄弱な議論が見受けられます。
社会学全般に言えますが、根拠や論理を大事にした議論より評論のようなものが多いのではないでしょうか。
国難突破とか口に出したら赤面しそうなことについてどれだけの人が興味を持てるのでしょうか。

次には私が年を取ってきたせいか、自分が逃げ切れるという意識が出てきており、また次世代への責任感が薄れているということです。
そのためか社会なんてどうでもよくなってきており、自分には関係ないものになりつつあります。
私は政治でも経済でも日本は悪い方向に進んでいるのではないかと思います。
しかし、私自身は人生の半ばをこえたのでこれから少々社会状況が悪くなっても仕方がないと思うようになっています。
また子供がいないためか次世代に引き継ぐ社会に興味を持たなくなっています。
政治や経済が悪い方向に向かっているとは思えど、世界経済は当分成長しますし、イノベーションも進んでいくと思っているので総合的には社会は今後も少しずつ良くなっていくとは思っているのですが。

そして一番の理由は何よりも今の生活が楽しくて他のことはどうでもいいと思っていることです。
自分の人生がうまくいっていないときは社会への興味が強かったと思います。
特に20代の頃は社会の非合理や不正などに怒りを普通の若者並みには持っていたと思います。
うまくいかないということは社会にも何かしらの原因があると考えるのではないでしょうか。
たとえそれが自分のうまくいかないことと関係がなくても、そういう非合理な社会の存在そのものが自分の状況を癒してくれるたり、理由付けたりしてくれるように感じます。

けれど今の私は自分の人生にほとんど不満がなく、毎日が楽しいです。
社会のことや他人のことには興味を向ける時間が勿体ないと考えています。
世の中には学問の楽しみ、物語の楽しみ、美味しいものを食べる楽しみ、自然や街の中に身を置く楽しみと楽しいことばかりです。
社会にどれだけ問題があろうと現代の日本社会はポジティブなところが圧倒的に多いと感じられます。

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[ 2017/10/29 16:33 ] 雑感 | TB(-) | CM(6)

情報の断捨離

最近意識して情報の断捨離をしています。
無駄な情報を吸収する時間を減らせるし、精神的な安定も生まれると思うからです。

大量の情報や無価値な情報を吸収することは私にとって精神的なダメージがあります。
また情報を得るとそれと似た情報を次々と追ってしまったり、それに関するその後の情報を確認するようになってしまうこともあります。
例えば何かの事件に関する記事をうっかり読んでしまうとそれがどうなったのかとか他の記事ではどのように伝えているのかなどが気になってしまいます。

テレビは現在ではほぼ見ていません。
1週間に1時間も見ていないです。
以前はWBSやガイアの夜明け、カンブリア宮殿を見ていましたが、これらは新聞やビジネス誌からの情報だけで十分だし質もより高いのでだらだら見ないことにしました。

ネットの時間も減りました。
以前からネットにかける時間は多くはなかったですが、今は1日40分ぐらいです。
持ち株のチェックと日経新聞、トレーダーズウェブという投資情報サイトなどを読んで20分ぐらい。
あとはリンク先のブログやアゴラなどで10分ぐらいです。
残りは外食が趣味なのでグルメブログと食べログを読んでます。
これは楽しい情報収集です。
これ以外には調べ物でWikiを使うことがあります。

ネットは調べ物やニュースの確認のみで十分です。
人格形成をネット上の質の低い言論空間で行ってしまう人が増えているようですが、もう少し知識を積み重ねるということを大切にしてほしいなあと思います。
社会での経験や知識の積み重ねがないと批判力や判断力が養えずに、情動で行動したり、根拠のない情報に影響されやすくなります。
また世間がこう言っているというような言い方をするのもネットにはまっている人でしょうが、世間というものをみずから肥大化してしまいがちです。

新聞は日経新聞のみで10分ぐらいでざっと目を通す程度です。
それも毎日ではなくなりました。電子版は毎日読みますが。
雑誌は東洋経済とダイヤモンドの気になった特集のみ読みます。
日経ビジネスはどうにも面白くなくて最近はチェックもしていません。
昔は日経ビジネスが一番面白かったように思うのですが。
日経マネーはななめ読みで、日経ヴェリタスは半分ぐらいはきちんと読んでます。

情報と知識の正しい定義は知りませんが、私の中では情報は基本的には捨てられるものと思っています。
知識は体系化されたものと実社会で使えるものというイメージがあります。
実社会で使うというのは確定拠出年金のような制度に関するものであったり、株の銘柄選びのような選択に関わるものであったりします。
このような場合は情報が知識に変化することがあります。
体系化された知識は経済学や科学技術、哲学、歴史などの知識体系などで、これらは個人の思想形成にも影響を与えるものです。
情報を吟味するときにはこれらの知識体系が必要ですが、そういうものなしに情報を受け入れていると情報に振り回されてしまいます。
体系的な知識の蓄積は大学や勉強会をのぞいては本を読むぐらいしか方法はないでしょう。

情報の断捨離の実践は時間に余裕が生まれますし、大量の意味のない情報から逃れることは精神安定にもよいのでおすすめです。
物の断捨離もしたいのですが、どうにもごみを出すのが億劫だったりして全く進みません。

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[ 2017/09/30 12:29 ] 雑感 | TB(-) | CM(4)
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