人生の暇つぶし

2016年にリタイアしました。アーリーリタイアや資産運用、旅、読書などのネタを徒然なるままに書き綴ります。

久しぶりに会った同級生たちは立派な社会人になっていた

先日大阪で高校の同級生15人ほどのプチ同窓会に参加してきました。
毎年行われているのですが、私は東京にいますし都合がこれまでつかず20年ぶりぐらいの出席でした。
半分以上は高校卒業以来の再会です。
1人はアメリカ在住なのですが、他は全員大阪近辺に住んでいます。

それでびっくりしたのは皆さん立派な社会人になっていたということです。
まず私以外は全員結婚して子供もいました。
それに転職経験のある人は子供ができたときという女性以外は私だけでした。
職業は先生、地方公務員、弁護士、開業医、大学の准教授、サラリーマン、親の会社を継いで社長という真面目なものです。
私が転職を繰り返し、合間に旅をして、ついにはリタイアしてバイト生活をしていると言ったらみんなびっくりしていました。

高校の時のちゃらんぽらんなイメージしかないのでここまで手堅く真面目に人生を送っているとは少しショックを受けました。
人間は成長するんですね。
成長せずに子供のころのようなわがままを人生で通しているのは私だけのようです。

一方で東京在住の高校の友人たちはちゃらんぽらんなままの奴多いです。
結婚している人のほうが多いですが、独身もいるし、転職を繰り返しているような人もいます。

やはり東京の自由さがそうさせるのでしょうか。
東京では独身率が高いですが、自由にしてもほっておいてくれるし多様な生き方が認められるからでしょう。
大阪は意外と保守的な土地で同調圧力が東京と比べてかなり強いように感じます。
私の大阪時代の会社勤めは同調圧力が強くてつらかった覚えがあります。
まあ地元にいると自然ときちんと結婚して稼いでという風になるんでしょうね。

それにしても楽しいプチ同窓会でした。
これまで都合がつかずに出席できなかった同窓会に参加できたのもやはりリタイアのおかげですね。

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[ 2017/07/23 11:11 ] 日記 | TB(-) | CM(6)

研究者にならなくてよかった

リタイアして時間ができてから久しく会っていなかった友人たちに会ってきました。
高校と大学の同級生に研究者になった友人が結構多くて彼らにも何人か会ってきました。
大阪大学や神戸大学で准教授をしている友人の研究室にも遊びに行き、キャンパスを散歩していると大学の雰囲気は20年では全く変わらないなあと懐かしい気持ちになりました。
大阪大学、神戸大学、京都大学は体育会の定期戦があり、私が立ち上げたサークルもこの三大学のメンバーが多く、キャンパス間をよく行き来していました。

大学院に残った友人のその後の人生はそれぞれです。
公的機関に就職できた人は安定した生活を送っていますが、未だに非常勤の人も多いです。
半分近くは非常勤だと思います。
変わっているところではサラリーマンをしながら断続的に夜間の大学院に通い、ようやく経済学で博士号を取得できそうな友人がいます。

私の印象では明らかに優秀な人は大抵30代半ばには就職できています。
私の友人にも博士課程を終えてすぐに旧帝大の准教授になった秀才がいます。
彼は東大に入ってもトップクラスだと思いますが、入りたい研究室があるからといって神戸大学に入学しました。
私なら迷わず東大に行きますが。
一方で私のような凡人レベルとなるとマーケティング力が大事なようです。
世間受けするような研究をしていてコミュニケーション能力が高い人がうまく就職できています。
あとは親が大物研究者というのもありますし、奥さんが大物研究者の娘というパターンもあります。
もちろん本人に実力がないとは言いませんが。

今回あったのは国立大学の准教授3人、独立行政法人の研究員2人、あとは製薬会社の研究員が1人、非常勤が2人です。
半分は毎年会っているのですが、半分は10年ぶりぐらいに会いました。
他にも専門分野に興味があるので会いたい友人が2人いるのですが、テレビにもよく出演する売れっ子になってしまい忙しそうでどうにも久しぶりに連絡を取るのが気が引けてしまいました。
学会の講演でも聞きに行って会いに行こうかなと思っています。

非常勤で食べている人はもちろんワーキングプアです。
不安定な状況がずっと続くのは辛いと思います。
しかし就職できたからといって好きな研究に打ち込めるわけではありません。
国立大学の准教授は半分以上が雑務で休日に研究を進めているそうです。
私学は雑務がもっと多くなるそうです。
独立行政法人と製薬会社の研究員はすでに管理職になって自分の研究をしているわけではないそうです。
最大のミッションは予算の獲得だそうです。

せっかく研究者になったのに研究に時間をあまり使えないというのはおかしな話です。
中学の先生や医者の雑務が多すぎるという話をよく聞きますが、本来するべき仕事に集中できないのは本人にとっても社会のリソース配分を考えてももったいないことです。
彼らは専門分野についてはもちろん深い知識を持っていますが、専門分野でなくても隣接するような分野の勉強はあまりできていないそうです。
ましてや専門外の一般教養レベルとなると一般の人以下かもしれないと言っていました。
本の話をしていても専門と少しは関連しているので当然読んでいるだろうという本を読んでないことも多々あります。
おそらく専門外の事であれば本を読む時間がある私のほうが知識が深いと思います。
現在のように研究が細分化されている時代ではそれでも実績を作れるのかもしれませんが、そのような研究で得られるものはどの程度のものなのだろうと思ってしまいます。

彼らと話していると研究の道に進まなくてよかったと思います。
私は学生時代にそれ程強く研究者になりたいと思っていたわけではありません。
高校の頃にほとんど勉強していなかった反動で大学で勉強するようになり学問の面白さに目覚めたのですが、それでも単にサラリーマンになりたくないという気持ちが強かっただけのように思います。
食えるのか不安でしたし、外国語の文献を大量に読むのが辛くて見切りをつけてサラリーマンになりました。

私がやりたいことは世界に新しい知を付け加える研究ではないのだと思います。
様々な分野の知を横断して自分の頭の中で自分なりの世界像、人間像を作り上げていきたいのだと思います。
そのようなものはまだ個々の学問に分かれていなかった時代のような研究なのでしょう。
神が作り保うた世界を明らかにするというような。
このようなことを実際に論文にして世間に問うようなことができるのは天才レベルの人たちだけだと思います。

例えどこかの大学の准教授に運よくなれたところでおそらく自分の思うような生活をできていなかったと思います。
日々雑務に追われて孤独とは無縁の生活は私には耐えられませんし、正直やる気のない学生の相手なんてうんざりすると思います。
しかし今はアーリーリタイアをしたおかげで理想の生活に近づいて生きているような気がします。
あと40年ほどの人生で自分の思うようなことができるのかははなはだ疑問ですが。
まずはダラダラした生活を改めないと。

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[ 2016/11/19 12:01 ] 日記 | TB(-) | CM(5)
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